歴史・社会の疑問 読了 8分

【江戸時代・徳川家慶】良しと言えない!? 崖っぷち幕府と「黒船」の衝撃

ブログ記事のアイキャッチ。640×360px、歴史教養ブログ「ムダシル。」用のポップで親しみやすい日本史イラスト。江戸時代、第12代将軍の徳川家慶を中央に描く。家慶は崖っぷちの江戸城で困った表情を浮かべ、横で水野忠邦が無地の節約帳簿と大きなハンマーを持っている。遠景の浦賀には黒船が現れ、手前には米俵、無地の借金帳簿、反発する大名を配置する。国内改革の失敗と海外からの圧力が同時に迫る構図。上部にはあとからタイトルを重ねられる空の余白を確保する。明るいが緊張感のある配色、太めの輪郭線、表情豊かなデフォルメ人物、江戸時代の衣装、画面内に文字・数字・疑似文字・吹き出し・ロゴは入れない

※「家慶(いえよし)」と「(状況が)良し」をかけ、借金と外国船のダブルパンチで全然「良くない」状況だったことを表しています。

この人物が政治をしていた時期のイベントについて説明します。タイトルの約束どおり、「贅沢(ぜいたく)三昧(ざんまい)だった前社長(父)」からボロボロの会社(国)を引き継いだリーダーが、必死の経営再建(天保(てんぽう)の改革(かいかく))に挑むも失敗し、さらに海外から「黒船」という巨大な黒塗りの営業車が押し寄せて大パニックになった時のお話です。

徳川家慶(とくがわいえよし)はどんな人?

今からおよそ190年前、江戸時代の終盤に日本のリーダーをしていた男性です。 江戸幕府の第12代将軍として、およそ16年間にわたって、200年以上続いてきた幕府の崩壊(ほうかい)フラグが立ちまくる難しい時代を任されました。 自分では決められず「そうせい(その通りにせよ)」と部下に任せきりだったと言われながらも、日本が「鎖国(さこく)」を解いて世界に放り出される直前の、最もピリついた空気の中にいた社長です。

登場する地方や国について

江戸、浦賀、印旛沼、アメリカ、ロシア
江戸、浦賀、印旛沼、アメリカ、ロシア

どのくらいの時代?

徳川家慶の誕生、将軍就任、天保の改革、上知令、水野忠邦失脚、ペリー来航、死去までを示す年表
徳川家慶の1793年から1853年までの主要事件年表

その1:パパの「ツケ」でパンク寸前のトップ就任

徳川家慶は、将軍の座を継いだ際にこう考えました。

徳川家慶
「パパ(家斉(いえなり))が50年も贅沢三昧してたせいで、会社の金庫がスカスカじゃねえか。しかも最近は天気が悪くてコメもとれないし、現場(農村)では一揆(いっき)が起きまくっててマジでヤバいんだよな。このままだと会社(幕府)が倒産(滅亡(めつぼう))しちまうぜ。よし、超スパルタな役員の水野(忠邦(ただくに))くんに実権を渡して、社内の大掃除をやらせるぞ!」

彼は、前代の放漫(ほうまん)経営による巨額の赤字と、社会不安を解消するために、厳しい改革を断行(だんこう)しようとしました。

これは例えば、「先代の社長が会社の経費でパーティーばかりして作った莫大な借金を引き継いだ新社長が、倒産を避けるために、社外から『鬼の再建コンサルタント』を招いて、社員の私生活まで制限するような超絶ブラックな節約ルールを導入させた」ような状況です。

周囲の武士
「家慶様、水野さんのやり方は厳しすぎますよ! 娯楽(ごらく)まで禁止されたら、みんなのストレスが爆発しちゃいます!」
徳川家慶
「(自信なさげに)……まあ、水野がそう言うなら、そうせい(その通りにしろ)」

なかなか頼りないスタートではありますが、家慶はさらにこう考えました。

その2:遊びもオシャレも「出禁(できん)」のスパルタ経営

それを踏まえた上で、家慶(と水野)は具体的な経営再建プランを打ち出しました。

水野忠邦
「今日から贅沢は一切禁止だ! 派手な服も、美味しいものも、お祭りも全部カット! 町から江戸に逃げてきたバイト(浮浪者(ふろうしゃ))は全員実家に強制送還(旧里帰農(きゅうりきのう))だ! これが会社を救う唯一の道『天保(てんぽう)の改革(かいかく)』なんだよな!」

彼は「享保(きょうほう)」や「寛政(かんせい)」の改革を手本にして、徹底的な節約と風紀(ふうき)の取り締まりを行いました。

これは、「経営難を理由に、社長が『今日から社内での私語禁止、飲み会禁止、スマホもSNSも禁止! 地方出身者は今すぐ実家に帰って農業を手伝え!』という、時代錯誤(じだいさくご)な精神論マニュアルを全社員に強制している」ような状況です。

中央に座る徳川家慶が「そうせい」とつぶやき、その横で水野忠邦が贅沢禁止の巨大なハンマーを振り回し、町人の着物や祭りの道具を片づけ、浮浪者を農村へ戻しているイメージ図。文字なし
中央に座る徳川家慶が「そうせい」とつぶやき、その横で水野忠邦が贅沢禁止の巨大なハンマーを振り回し、町人の着物や祭りの道具を片づけ、浮浪者を農村へ戻しているイメージ図。文字なし
江戸の町人
「定信(さだのぶ)さんの時よりさらに息苦しいぜ。水野の旦那、俺たちの楽しみを全部奪うつもりかよ!」
徳川家慶
「(困り顔で)……そうせい」

相当なドン引きの厳しさですが、この理想を掲げた上で、家慶(と水野)はついに取り返しのつかないミスを犯します。

その3:支店長(大名)の「デスク」を無理やり奪ってクビ

この方針を維持しようとした水野は、ついに大名たちの地雷(じらい)を踏みました。

水野忠邦
「江戸や大阪の周りの美味しいマーケット(領地)は、全部本社(幕府)が直接管理するぞ! 今までそこを任せていた支店長(大名)たちは、別の不便な場所へ移動(上知(あげち)令れい)しろ! 本社の守りを固めるためなんだから、文句は言わせねえぞ!」

彼は幕府の権威を強引に高めようとして、江戸や大坂周辺の領地を没収(ぼっしゅう)しようとしましたが、これには身内の大名たちも猛反発(もうはんぱつ)しました。

これは、「社長が突然、『本社ビルの周りにある部長たちの個室は全部俺が使うから、お前らは今日から地下室に移動な! 文句あるなら辞めろ!』と宣言して、社内中に敵を作ってしまった」ような暴挙です。

有力な大名
「勝手に俺たちの土地を奪うなんて、いくら幕府でもやりすぎだ! 家慶様、水野をクビにしてください!」
徳川家慶
「(パニックになって)あわわ……。よし、水野くんは今日でクビ(失脚(しっきゃく))だ! 改革もおしまいだ!」

かなり情けない幕引きですが、この混乱の最中、外の世界から「最悪の客」がやってきます。

その4:港に現れた「黒塗りの巨大戦車(黒船)」

国内がガタガタになっているところに、ついに歴史が動く大事件が起きます。

徳川家慶
「え? 浦賀(うらが)の港に、煙(けむり)を吐(は)く真っ黒で巨大な船(黒船)が4隻も来てるって? 大砲(たいほう)をこっちに向けて『商売しろ(開国(かいこく))』って脅(おど)してるんだって!? パパが昔出した『外国船は全部撃ち返せ』なんてルール、あんなデカい相手に通用するわけねえだろ!」

1853年、アメリカのペリーが巨大な軍艦で現れ、日本に開国を迫りました。これが有名な「ペリー来航」です。

これは例えば、「アナログな経営で細々とやっていた小さな会社に、世界NO.1の超巨大企業(アメリカ)がフル装備の武装営業マン(ペリー)を送り込み、『今日からうちと契約しろ。さもなければ会社ごとぶっ潰すぞ』とデスクを叩いて脅している」ような絶体絶命のピンチです。

徳川家慶と水野忠邦の国内改革が失敗する中、浦賀にペリーの黒船が現れ、幕府が開国要求に直面した関係図
徳川家慶、水野忠邦、ペリー、天保の改革と黒船の関係図
江戸の町人
「おいおい、あんなバケモノみたいな船に勝てるわけねえよ。将軍様はどうするんだ?」
徳川家慶
「(あまりの衝撃とストレスに倒れて)……うぐっ、あとは……頼む……(そのまま死去)」

相当な後味の悪さを残す結末ですが、家慶はペリーへの回答を出す前にこの世を去り、幕府の運命は次の世代へと丸投げされることになりました。

総括

結果:徳川家慶は、ボロボロになった幕府の財政を立て直すために「天保の改革」を行いましたが、あまりに厳しすぎて民衆の支持を失い、さらに大名たちの反発を買った「上知令」の失敗によって、幕府のリーダーシップはズタズタになりました。その弱りきったタイミングで「黒船」という外圧(がいあつ)に直面し、有効な対策を打てないまま、幕府の権威はいよいよ崩壊(ほうかい)へと向かうことになりました。

一方:この時代の「あまりのヤバさ」が、地方の薩摩(さつま)藩や長州(ちょうしゅう)藩といった若い世代に「今のままじゃ日本が危ない!」という強烈(きょうれつ)な危機感(ききかん)を植え付けました。家慶が招いた失敗と混乱こそが、皮肉にも日本を「近代国家」へと無理やりアップデートさせる明治維新(めいじいしん)への、巨大なエネルギーとなったのです。

まとめ:徳川家慶の意義

最後に、この「絶体絶命のバトン」を受け取った阿部(正弘(まさひろ))くんたちが、朝廷や大名に意見を聞くという「挙国(きょこく)体制(たいせい)」を作りますが、それは幕府が自分たちで何も決められなくなったことの証明でもあり、幕末の動乱が本格的に始まりますが、それはまた別のお話。

この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。 以上、いえよし(家慶)でも「よし(良し)」と言えない!? 崖っぷち幕府と「黒船」の衝撃でした。

理解度確認テスト

Q1. 徳川家慶の時代に水野忠邦が行った改革は何ですか?


A. 天保の改革

Q2. 大名の領地を幕府に返させようとして失敗した命令は何ですか?


A. 上知令

Q3. 1853年に浦賀へ来航したアメリカの人物は誰ですか?


A. ペリー

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