事件名:昭和23年政令第201号違反教唆、同令違反被告事件
裁判所:最高裁判所(最大判)
判決日:昭和32年12月28日
関係法令:
・昭和23年政令第201号(公務員のストライキ等を制限する政令)
論点:
・法治主義
・公示性
・罪刑法定主義
結論:
・法令は国民が知りうべき状態(公示)に置かれて初めて拘束力を発動する
こんにちは!今日は、「法律っていつから守らなきゃいけないの?」というお話を紹介するよ。 みんなの学校にも「廊下は走らない」みたいなルールがあるよね。でも、もし先生が誰にも言わずに勝手にノートに書いただけのルールで、「走ったから罰則だ!」なんて言われたら、「そんなの聞いてないよ!」ってなっちゃうよね。
実は、国が作る法律も同じなんだ。昔、あるルールをめぐって「そんなの知らないよ!」と裁判になった事件があるんだよ。
【ストーリー】「聞いてないよ!」と「決まったことは守れ!」の言い争い
みんな、仕事の手を止めてストライキ(仕事を休んで抗議すること)をしよう!私たちの権利を守るんだ!
ちょっと待った!公務員がストライキをすることは、「政令201号」というルールで禁止されています。そんなことを勧める(教唆する)なんて、法律違反だ。逮捕します!
えっ、そんなルールいつできたんですか?私はそんなの聞いてませんよ。
これはマッカーサーさんの命令に基づいて、ちゃんと考えられた大事なルールなんだ。決まった以上、国民は全員守らなきゃいけないんだよ。
そんな、みんなが知らないようなヒミツのルールで捕まえるなんて、ひどすぎます!ちゃんと「これからこのルールで行くよ!」って発表されてなきゃ、守りようがないじゃないですか。裁判長、助けてください!
政令201号とは
昭和23年(1948年)に制定された「昭和23年政令第201号」は、GHQ最高司令官マッカーサーの書簡を受けて、ポツダム宣言受諾に伴う緊急措置に関する政令として出されたものです。国家公務員や地方公務員が同盟罷業(ストライキ)や怠業などの争議行為を行うこと、またそれを他人にそそのかす(教唆する)ことを禁止しました。違反した場合は刑事罰の対象となり、占領下の日本における公務員の労働基本権を大きく制限する内容でした。この政令は、その後の国家公務員法・地方公務員法における争議行為禁止規定の原型になったともいわれています。
【解説】裁判所でのバトル:ヒミツの罠 vs 発表のルール
二人とも落ち着いて。今回は、法律が「いつ本物の力(拘束力)を持つのか」というとっても大事なルール(法治主義)について考えよう。
国が新しいルールを作ったとき、それを国民に内緒にしたまま、「こっそり作ったから、違反した人は捕まえるね」というのは、まるで地面に隠した「落とし穴(罠)」みたいなものだよね。これでは、みんなが安心して生活できない。
そこで、憲法や法律の世界には「公示性(こうじせい)」という盾(たて)があるんだ。これは、「法律は、国民がその気になれば読める状態(官報に載るなど)になっていないと、みんなを縛ることはできないよ」という決まりなんだ。
この盾がないと、国の人が好き勝手に「昨日からこれはダメになったんだよ」と言い出すことができてしまう。だから、法律が「今日からスタート!」と力を出すためには、ヒミツではなく「みんなが知ろうと思えば知れる状態」になっていることが、絶対に必要な条件なんだよ。
【判決】みんなが知れるようになって初めて「法律」になる
最高裁判所(昭和32年12月28日)は、次のような答えを出しました。
1. 法律は、国民が知れる状態になって初めて有効になる! ルールが作られただけでなく、ちゃんとみんなが見られる状態(公示)に置かれることが、法治主義(法律で国を治めること)には欠かせないんだ。
2. 一度発表されたら、「知らない」は通用しない! 「知れる状態」にちゃんとなっていれば、実際に読んでいなかったとしても「知らなかったから許して」と言うことはできないよ。
【判決の言葉】
最高裁判所の判決(昭和32年12月28日)より
「成文の法令が一般的に国民に対し現実にその拘束力を発動する(施行せられる)ためには、その法令の内容が一般国民の知りうべき状態に置かれることが必要である。」
まとめ
– 法律は、国民にとっての「落とし穴」になってはいけない
– ルールが力を出すには、「みんなが知ろうと思えば知れる状態」にすることが必要
– これを「公示(こうじ)」と呼んで、民主主義の国ではとっても大切にされている
– 一度正しく発表されたら、私たちは「ルールを知り、守る責任」を持たなきゃいけないんだね
法律は、みんながフェアに生活するためにある「共通の約束事」。だからこそ、まずは「みんなに見えること」が一番のスタートなんだね!