歴史・社会の疑問 読了 7分

【江戸時代・徳川家治】見栄を張る!? 「カネ」で解決を狙ったインフラ投資

ブログ記事のアイキャッチ。640×360px、歴史教養ブログ「ムダシル。」用のポップで親しみやすい日本史イラスト。江戸時代、第10代将軍の徳川家治を画面右寄りに描く。家治は将棋盤や趣味の道具を楽しみながら、横にいる田沼意次へ表紙も中身も完全に無地の幕府の帳簿と鍵を渡している。田沼意次は商人、文字や記号のない貨幣、米俵、印旛沼の工事を連想させる道具を持つ。背景には江戸城と活気ある商人の町。委任経営と「カネ」で幕府を変えようとした雰囲気が一目でわかる構図。タイトルを後から重ねられるよう、画面左側には人物や重要物を置かず、明るく整理された余白を広く確保する。明るい配色、太めの輪郭線、表情豊かなデフォルメ人物、江戸時代の衣装。画面内に文字・数字・疑似文字・吹き出し・看板・ロゴは入れない

※「家治(いえはる)」と「(見栄を)張る」をかけ、経済の力で幕府を輝かせようとした様子を表しています。

徳川家治が政治をしていた時期のイベントについて説明します。タイトルの約束どおり、「コメ」に頼った古い経営に行き詰まり、やり手の役員(田沼意次)に全てを丸投げして「カネ」の力で会社(幕府)の大改造を狙った時のお話です。

徳川家治はどんな人?

今からおよそ260年前、江戸時代の後半に日本のリーダーをしていた男性です。 江戸幕府の第10代将軍として、およそ26年間もトップの座にありました。 自分の趣味に没頭しながらも、経済のプロである田沼意次を抜擢し、日本を「コメ社会」から「カネ社会」へと強引にアップデートさせようとした、ある意味で非常に寛大な社長です。

登場する地方や国について

江戸、印旛沼、長崎、蝦夷地
江戸、印旛沼、長崎、蝦夷地

どのくらいの時代?

徳川家治の誕生、将軍就任、田沼意次の登用、印旛沼開発、天明の飢饉、死去までを示す年表
徳川家治の1737年から1786年までの主要事件年表

その1:キレ者の「役員」に経営を丸投げ

徳川家治は、将軍の座に就いた際にこう考えました。

徳川家治
「親父(家重)は体が弱くて大変そうだったけど、俺の代では幕府をピカピカに輝かせたいんだよな。でも俺は将棋や趣味に忙しいから、政治の実務は全部、信頼できる田沼(意次)くんに任せるぞ。カネ儲けの才能がある彼なら、スカスカの金庫をパンパンにしてくれるはずだろ?」

彼は、側近から出世した田沼意次を重用し、彼に政治の全権を委ねるスタイルをとりました。

これは例えば、「自分はクリエイティブな趣味に専念したい社長が、銀行出身のキレ者常務に『通帳と実印』を丸投げして経営再建を託した」ような、究極の委任経営です。

役人(老中)
「一人の役人に権力が集中しすぎじゃないですか? 家治様、少しは自分でもチェックしてくださいよ!」
徳川家治
「うるせえな、俺は田沼を信じてるんだよ。今は良い手を思いついたところなんだから邪魔するな!」

なかなかパンクなスタートではありますが、家治はさらにこう考えました。

その2:コメを捨てて「カネ」で稼ぐ新ビジネス

それを踏まえた上で、家治(と田沼)は驚きの増収プランを打ち出しました。

徳川家治
「田沼くんのアイデア、面白いじゃねえか。コメの税金(年貢)が天候次第で不安定なら、商人たちをグループ化(株仲間)させて、そこから手数料をガッツリ取ればいいんだろ? これで幕府も『カネ社会』の波に乗れるじゃねえか!」

彼は、商業を活発にして商人から税金を取ることで、幕府の財政を立て直そうとしました。これを「カネ社会への注目」といいます。

これは、「毎月の売上が不安定な古い会社が、特定の業者に『独占販売権』を与える代わりに、高額な『ライセンス料(運上・冥加)』を毎年払わせる仕組みを作って、安定したキャッシュを手に入れようとしている」ような状況です。

中央で趣味に興じる徳川家治の横で、田沼意次が商人たちに「株仲間」の看板を配り、商人たちがカネを幕府に納めている経済の循環図
中央で趣味に興じる徳川家治の横で、田沼意次が商人たちに「株仲間」の看板を配り、商人たちがカネを幕府に納めている経済の循環図
地方の武士
「金で権利を売るなんて、役人のモラルが崩壊するぞ! 賄賂が飛び交ってて、正直者が馬鹿を見てるぜ!」
徳川家治
「経済が回ればみんなハッピーだろ。細かいことは気にするな!」

なかなか拝金主義的な経営ですが、この理想を掲げた上で、家治はさらにこう考えました。

用語株仲間かぶなかま

同業者でつくった商人の仲間組織です。幕府や都市の支配者から営業上の特権を認められる代わりに、運上・冥加などの上納金を納めることがありました。

その3:大規模な「公共事業」で未来へ投資

この勢いに乗って、家治はさらに巨大なプロジェクトを承認します。

徳川家治
「カネが貯まってきたら、次はこの投資だ! 下総(千葉)にある巨大な沼(印旛沼)を干拓して、広大な農地を作り直すぞ。さらにロシアともこっそり貿易すれば、もっと儲かるんじゃね? 幕府のポテンシャルを最大まで張って(ハル)やるんだよな!」

彼は、印旛沼の干拓といった大規模な公共事業や、海外貿易の拡大、さらには蝦夷地(北海道)の調査など、非常に進歩的な政策を次々と進めさせました。

これは、「利益が出始めたベンチャー企業が、さらにシェアを広げるために、誰も手をつけていない未開のマーケットを開拓したり、巨大な自社工場を建設したりする大規模な設備投資」のようなものです。

反対派
「印旛沼の工事、また洪水で失敗したじゃないか! 無駄遣いもいい加減にしてくださいよ!」
徳川家治
「失敗は成功の母なんだよな。田沼くん、次のプランも頼むぞ!」

相当なイケイケ経営ですが、しかし、最悪の瞬間がやってきます。

その4:天災による「倒産危機」と突然の幕引き

最後に、想定外のトラブルが会社(幕府)を襲いました。

徳川家治
「(火山灰を見ながら)浅間山が噴火して、日本中が冷害で大飢饉(天明の飢饉)になっちまった……。せっかくカネの仕組みを作ったのに、コメがなくなったら物価が爆上がりして、みんなパニックじゃねえか。俺ももう寿命みたいだし、田沼くん、あとは……(そのまま死去)」

自然災害と飢饉が重なり、カネを重視した政策が裏目に出て社会が混乱する中、家治は26年の治世を終えて亡くなりました。

これは例えば、「ネットビジネスで盛り上がっていた会社が、突然の世界的な電力消失と食糧難に襲われ、唯一の理解者だった社長まで急死して、現場が大炎上している」ような最悪の空気です。

徳川家治が田沼意次に政治を任せ、商業重視の田沼時代から松平定信の改革へつながった関係図
徳川家治、田沼意次、松平定信、田沼時代の関係図
民衆
「田沼をクビにしろ! 家治様が亡くなった今、もう守ってくれる奴はいないぞ! これからはコメを大事にする時代に戻るんだ!」
新リーダー
「これからは質素倹約、厳しいルールで会社を立て直すぞ!」

相当な後味の悪さを残す結末ですが、この「いえはる(家治)」が張った見栄と、彼が許容した自由な経済政策が、のちの日本の商業発展の種となったのです。

総括

結果:徳川家治は、田沼意次を全面的に信頼して政治を任せることで、江戸幕府を「コメ」中心の古い体制から、商業やカネが動く「カネ」中心の新しい体制へと大きく転換させようとしました。幕府の収入は一時的に増え、社会のインフラ整備も進みましたが、その一方で役人の賄賂などの不正が横行し、現場のモラルが低下するというギャップも生じました。

一方:彼の時代に起きた「天明の飢饉」という未曾有の災害に対し、カネ重視の政策は無力であり、多くの民衆が犠牲となりました。彼の死後、その「ゆるい経営」への猛烈な反動が起き、江戸幕府は再び自由のない、ガチガチの厳しい規制社会(寛政の改革)へと戻っていくことになったのです。

まとめ:徳川家治の意義

最後に、この「趣味人社長」が亡くなった後、彼が可愛がった田沼は一瞬でクビになり、厳しい「鬼の役員」松平定信がやってきて会社の中を大掃除することになりますが、それはまた別のお話。

この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。 以上、いえはる(家治)でハル(張)る見栄!? 「カネ」で解決を狙ったインフラ投資でした。

理解度確認テスト

Q1. 徳川家治が政治を任せ、商業重視の政策を進めた人物は誰ですか?


A. 田沼意次

Q2. 商人に営業上の特権を認める代わりに、上納金を取った同業者組織を何といいますか?


A. 株仲間

Q3. 浅間山の噴火や冷害などが重なった大飢饉を何といいますか?


A. 天明の飢饉

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