歴史・社会の疑問 読了 2分

【飛鳥時代・崇峻天皇】すしゅんと一瞬で退場!?馬子に逆らった天皇

イノシシを見つめる崇峻天皇と格子越しの蘇我馬子を描いたイラスト

崇峻天皇が政治をした時期を説明します。有力な部下の支えでリーダーになったものの、その部下と仲違いし、日本史でも稀な最悪の結末を迎えた天皇です。

★ この記事でわかること

  • 崇峻天皇が即位した背景
  • 蘇我馬子との対立
  • 592年の暗殺と推古天皇即位

崇峻天皇はどんな人?

欽明天皇の息子で、丁未の乱で勝った蘇我馬子の後押しを受けて即位しました。臣下による暗殺の記録を残す、悲劇的な天皇です。

登場する地方や国について

6世紀後半の日本における飛鳥の位置
飛鳥の位置を示す地図

どのくらいの時代?

崇峻天皇が歴史の流れのどこに位置するか
崇峻天皇の時代的位置を示す年表

1. 血塗られた「スカウト」採用

丁未の乱で物部守屋を倒した蘇我馬子は、次の天皇として崇峻天皇を擁立しました。

崇峻天皇
馬子さんが物部守屋を倒してくれたおかげで、俺が次の天皇に選ばれたぜ! これからは俺がこの国を引っ張っていくぞ!

蘇我馬子
あなたが天皇になれたのは、誰のおかげか分かってますよね? 余計なことはせず、座っているだけでいいんですよ

2. 不満爆発の「お飾り社長」生活

しかし実権は蘇我馬子が握っており、崇峻天皇は次第に不満を強めたと伝えられます。

崇峻天皇
天皇になったのはいいけど、大事な仕事は全部馬子さんが決めてるじゃねえか。俺はただハンコを押すだけの機械かよ?

家臣
天皇、あまり不満を表に出すと危ないですよ。あの人の耳はどこにでもありますから

3. イノシシに例えた爆弾発言

『日本書紀』では、崇峻天皇が献上されたイノシシを見て、憎む相手の首も同じように切りたいと語ったと伝えます。

崇峻天皇
このイノシシの首を切り落とすように、いつか俺の嫌いなあの男も、こうしてやりたいもんだな!

4. 592年、臣下による天皇暗殺

蘇我馬子は崇峻天皇を殺害したと『日本書紀』に記されます。この出来事を「崇峻天皇暗殺」といいます。

蘇我馬子
なら、そうなる前に君の方を削除してあげよう。新しい天皇はいくらでも替えがいるからね

補足:崇峻天皇暗殺とは?

補足

592年、崇峻天皇は刺客に殺害されたと伝えられます。皇位につく天皇を臣下の蘇我馬子が排除したとされる点で、当時の豪族が持った強大な政治力を示す事件です。その後、馬子の姪である推古天皇が即位し、飛鳥時代の政治は新しい段階へ進みます。


民衆
えっ、天皇が殺された!? そんなのありかよ……

まとめ:崇峻天皇の時代の意義

まとめ

  • 蘇我氏の強大な力を示した。
  • 天皇と豪族の緊張関係を示す悲劇となった。
  • 推古天皇即位への転機となった。

理解度確認テスト

Q1. 587年の武力衝突で仏教反対派を破った後、天皇の擁立を主導し、飛鳥時代前半に大きな政治力を持った有力豪族は誰ですか。

A. 蘇我馬子

Q2. 欽明天皇の子で、丁未の乱の後に即位し、592年に臣下によって殺害されたと伝えられる第32代天皇は誰ですか。

A. 崇峻天皇

Q3. 592年の事件後、有力豪族の姪として即位し、日本で最初の女性天皇とされる人物は誰ですか。

A. 推古天皇

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