※「留守(るす)」と「ルンルン」をかけ、ボスの不在をいいことに、ノリノリで日本の大改造を進めた様子を表しています。
留守政府による政治が行われていた時期のイベントについて説明します。タイトルの約束どおり、リーダーたちが世界一周旅行(岩倉使節団)に行っている間、日本を預かったメンバーが「何も変えるなよ」という約束を完全に無視して、現代日本の基礎となる法律を爆速で作ってしまった時のお話です。
留守政府とは何か?
今からおよそ150年前、明治時代の初めに日本を一時的に預かったリーダーたちのチームです。 岩倉使節団として海外視察に行った100人以上のエリートの代わりに、日本に残って政治を回しました。 「学制」や「徴兵令」といった現代日本の基礎となる法律を次々と成立させ、最後は「朝鮮を攻めるかどうか」でチームが分裂してしまった、幕末の志士たちによる「お留守番チーム」です。
登場する地方や国について
どのくらいの時代?
その1:ボスたちがいない間に「勝手に大改造」をスタート
留守政府のリーダーである西郷隆盛や板垣退助たちは、お留守番を頼まれた際にこう考えました。
彼らは、ボスの不在中に大規模な改革を行わないという約束を破り、日本の近代化を爆速で進めることを決断しました。
これは例えば、「部長が長期出張に行った隙に、残された課長たちが『今のうちにオフィスを全部リノベーションして、最新のITシステムも導入しちゃおうぜ!』と、勝手に予算を使って会社を大改造し始めた」ような状況です。
なかなかパンクなスタートではありますが、留守政府はさらにこう考えました。
その2:子供は全員「学校(義務教育)」へ強制入学
次に彼らは、国民のレベルアップを狙いました。
彼らは、身分に関係なくすべての子供に小学校教育を受けさせる制度を整えました。
これは、「会社の全社員(とその家族)に対し、『今日から資格の勉強は義務だ! 仕事を休んででもスクールに通え!』と命令し、全社員のスキルを底上げしようとしている」ような状況です。
相当な強引さではありますが、この理想を掲げた上で、彼らはさらにこう考えました。
その3:農地の税金を「コメ」から「カネ」へ変更
国内を固めるために、彼らは会社の財布(財政)にもメスを入れました。
彼らは、土地の所有者に地券を発行し、地価の3%を現金で納めさせることで、政府の収入を安定させようとしました。
これは、「毎月の売上が不安定な古い会社が、特定の業者から『売上の歩合』ではなく『月額固定のライセンス料』を現金でガッツリ取るようにして、キャッシュフローを安定させた」ような状況です。

なかなかドン引きの厳しさですが、留守政府は最後に、最も物議を醸す法律をリリースします。
その4:今日から全員「兵隊(自衛隊)」の強制参加
さらに彼らは、軍事力の大改造に乗り出しました。
彼は、それまでの武士による特権的な軍隊を廃止し、一般国民から徴兵する近代的な軍隊の仕組みを完成させました。
これは例えば、「セキュリティ部門を専門の警備会社(武士)から『全社員による交代制のガードマン』に変更し、さらに社員全員に格闘技の特訓を義務付けた」ような大改革です。
かなりの批判を浴びる政策ですが、この「留守政府」が勝手に進めた大改造こそが、現代日本のメインOSとなりました。
その5:ボスの帰還と「ケンカ」による大分裂
こうした中、ついに世界旅行からボスたちが帰ってきました。
帰国した岩倉・大久保チームと、留守を守った西郷・板垣チームの間で、朝鮮問題をめぐる激しいバトルが勃発しました。これを「征韓論争」といいます。
これは、「出張から帰ってきた社長が、勝手にオフィスを改造した課長たちのプランを全否定し、『まずは社内のコンプライアンスを固めろ!』とブチギレて、経営方針をめぐって役員会議が地獄絵図になっている」ような状況です。
相当な後味の悪さを残す結末ですが、1873年、西郷や板垣らは一斉に政府を辞めてしまいました。これを「明治六年の政変(めいじろくねんのせいへん)」といいます。
総括
結果:留守政府は、ボスの不在というチャンス(?)を活かして、教育(学制)・軍事(徴兵令)・税制(地租改正)という近代国家の骨格をわずか2年ほどで一気に作り上げました。彼らが「勝手に」進めたこれらの改革がなければ、日本の近代化はもっと遅れていたはずです。
一方:あまりに急激で厳しい変化は、特権を失った武士(士族)や重い負担を強いられた農民の猛烈な怒りを買いました。さらに、「征韓論」をめぐる分裂(明治六年の政変)によって、政府の半分以上の人材が去るという異常事態を招き、これがのちの武力反乱(西南戦争)や、言論による攻撃(自由民権運動)という、新しい混乱の種となってしまったのです。
まとめ:留守政府による政治の意義
- [近代国家の土台づくり] :学制、徴兵令、地租改正といった、日本が世界と渡り合うための重要システムを短期間でスタートさせた。
- [「四民平等」の実質化] :武士の特権を奪い、すべての国民に教育と兵役を課すことで、階級社会を根本から壊した。
- [政権の巨大な分裂] :征韓論争に敗れた西郷・板垣らが政府を去り、のちの士族反乱や自由民権運動へと繋がる大きな対立軸が生まれた。
最後に、この「お留守番チーム」を追い出した大久保利通たちが、ここから独裁的な強さで「大久保政権」を確立し、日本をさらに引き締め直していきますが、それはまた別のお話。
この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。 以上、留守を任されたルンルン政府!? 主役が不在の間に勝手に大改造でした。
理解度確認テスト
Q1. 岩倉使節団が海外視察へ出ている間、日本に残って政治を担当したチームを何といいますか?
A. 留守政府
Q2. 1872年、全国に学校を整えるために発布された教育制度を何といいますか?
A. 学制
Q3. 1873年、征韓論をめぐる対立から西郷隆盛や板垣退助らが政府を去った出来事を何といいますか?
A. 明治六年の政変
用語対応表
- ボスの不在を預かるチーム → 留守政府
- 世界一周の視察団 → 岩倉使節団
- 学校に強制入園するルール → 学制
- 全員が兵隊になるルール → 徴兵令
- 土地を基準にカネで払う税金 → 地租改正
- 武士が特権を失う社会の変化 → 四民平等(または秩禄処分など)
- 朝鮮を武力で開国させようという考え → 征韓論
- 国内の改革を最優先にする考え → 内治優先
- 1873年の大規模な退職事件 → 明治六年の政変
- 政府を去ったあとの言論による抗議 → 自由民権運動