この人物が政治をしていた時期のイベントについて説明します。
- イギリスやロシアの干渉でボロボロだった国を、一人の軍人がどうやって乗っ取ったのか
- 「女はベールを脱げ!」「砂漠に鉄道を敷け!」と叫んだ、超スパルタな国づくりの正体
- 2500年以上続いた「ペルシア」という名前を、なぜ1935年に「イラン」に変えたのか
今から約100年前、イランの軍隊を率いて古い王朝をぶっ倒し、自ら皇帝となったのがレザー=シャーです。 2500年の歴史を持つ「皇帝(シャー)」という称号を名乗りつつ、中身はゴリゴリの近代化を目指した「イランの鬼軍曹」。 弱虫な政府を改造し、無理やりイランを「イケイケ」に変えた男の物語が始まります。
登場する地方や国について
どのくらいの時代?
パフレヴィー朝の時代(1925~1979年)
1. 1921年、ダメな政府を軍隊でぶっ壊す! 「イラン・クーデター」の衝撃
1921年、イランの軍人だったレザー=ハーン(のちのレザー=シャー)は、外国の言いなりになっていた古い政府にシビレを切らし、軍事行動を起こしました。 これが「1921年イラン・クーデター」です。 彼は圧倒的な武力で首都テヘランを制圧し、政治の主導権を力ずくで奪い取りました。
これは例えば、弱小チームのコーチが「監督のやり方が甘すぎる!」と怒って、無理やり自分が指揮官になってチームの練習メニューを全部変えてしまうようなものです。 現代で言えば、倒産寸前の会社の平社員が、優秀なエンジニア軍団を率いて役員会を占拠し、一気に経営権を奪うような感じですね。
なかなか過激な発想ではありますが、レザー=ハーンはこのクーデターを成功させ、国を立て直すための強力なパワーを手に入れました。 彼はさらにこう考えました。

パフレヴィー朝の前にイランを支配していた王朝です。 19世紀以降、イギリスやロシアの干渉を強く受け、経済的な権利を握られるなど、非常に弱体化していました。
2. 王様が逃げた? 1925年「パフレヴィー朝成立」で俺が皇帝だ!
軍の実権を握ったレザー=ハーンは、1925年、正式に議会の決議を経てカージャール朝を終わらせました。 そして自ら「皇帝(シャー)」に即位し、ここに「1925年パフレヴィー朝成立」を宣言したのです。 ついに「軍人レザー=ハーン」から、イランの最高権力者「レザー=シャー」へと進化したわけです。
これは例えば、名ばかりの会長が引退したあと、実力派の社長が「これからは俺のブランドで勝負する!」と言って、会社名を自分の名前に変えて再スタートするようなものです。 現代で言えば、古い商店街の組合長がいなくなったあと、一番やる気のある若手が「新しい商店街連合」を立ち上げてトップに座る感じですね。
この理想を掲げた上で、彼は隣国のトルコで行われていた、ある「カッコいい改革」をマネすることにしました。 なかなかドン引きなスピード感ですが、彼はこう言いました。
古代ペルシアから続く、イランの君主を指す称号(皇帝)のことです。 レザー=シャーは、この歴史ある名前を使うことで、自分の支配の正統性を国民にアピールしました。
3. 憧れのケマル先輩をマネして、イランを無理やり改造するぞ!
それを踏まえた上で、レザー=シャーは猛烈な近代化改革をスタートさせました。 トルコのムスタファ=ケマルをモデルにして、イスラームの伝統よりも「国家としての強さ」を優先したのです。 砂漠に巨大な「トランス・イラン鉄道」を通し、宗教的なルールよりも西洋風の法律を大事にするように国を改造しました。
これは例えば、歴史ある老舗旅館の跡継ぎが、「これからは効率化だ!」と言って、仲居さんの着物をスーツに変えさせ、予約システムを全部アプリ化するようなものです。 現代で言えば、超保守的な学校にやってきた熱血教師が、「校則は全部いらん! 今日から私服登校だ!」と強引に改革する感じですね。
レザー=シャーは、反対する人々の声を無視して、強引にイランを「西洋風の国」へとつくり替えていきました。 なかなかスパルタな改革ですが、彼はさらにこう考えました。

レザー=シャーは文字の読めない兵士たちに読み書きを教えたり、衛生状態を改善したりと、生活レベルを上げる努力もしました。 しかし、あまりに急激で強制的な「西欧化」は、のちのイランの人々の心に深い不満を溜め込む原因にもなりました。
4. 「ペルシア」はもう古い! 1935年、今日から俺たちは誇り高き「イラン」だ
近代化の仕上げとして、彼は1935年に国名を「ペルシア」から正式に「イラン」に変更しました。 じつは、現地の人々は昔から自分たちのことを「イラン」と呼んでいましたが、欧米の国々は勝手に「ペルシア」と呼んでいました。 レザー=シャーは、自分たちの本当の名前を世界に認めさせることで、イラン人のナショナリズム(民族意識)を爆発させようとしたのです。
これは例えば、ずっとニックネームで呼ばれてバカにされていた子が、大人になって「今日からは本名で呼べ。 俺にはこの名前の誇りがあるんだ」と宣言するようなものです。 現代で言えば、下請けだった会社が独自ブランドを立ち上げ、「今日から社名を変えます! 世界進出します!」と発表する感じですね。
こうしてイランは、古い「ペルシア」の殻を破り、近代国家としての第一歩を力強く踏み出しました。 なかなかにあっぱれな改称ですが、これがのちに世界大戦の荒波に飲み込まれる原因にもなってしまいます。

「高貴な人々」という意味を持つ、古代からイランやインドに定住した民族のことです。 レザー=シャーは「イラン」という名前を使うことで、自分たちが世界に誇れる古い血筋と文化を持っていることを強調しました。
総括
結果:レザー=シャーは、軍事力をもって弱体化した古い王朝を倒し、1925年にパフレヴィー朝を建国することで、イランに強力な中央集権国家を誕生させました。 当初の狙いだった「外国の干渉を排除し、イランを近代化する」という目的は、トランス・イラン鉄道の建設や国号を「イラン」に変えるといった大規模なプロジェクトを通じて、短期間で目に見える形となって実現されました。
一方:あまりに強引な「鬼軍曹」スタイルの改革は、イスラームの伝統を大切にする農村部の人々や宗教指導者たちとの間に、修復不可能な深い溝をつくりました。 また、民族の誇りを追求するあまりドイツに接近したことが、第二次世界大戦中にイギリスやソ連の警戒を招き、最終的には軍事介入を受けてレザー=シャー自身が退位・亡命に追い込まれるという、皮肉な結末を迎えることになりました。
まとめ:レザー=シャーの時代の意義
- 軍事力による再起:1921年のクーデターでカージャール朝の実権を奪い、列強の干渉に苦しむイランを救い出した。
- パフレヴィー朝の誕生:1925年に自ら皇帝(シャー)に即位し、強力なリーダーシップで近代国家への改造を推進した。
- 急激な近代化:トルコをモデルに、鉄道建設やベール着用禁止などの西欧化政策を強行し、イランの社会構造を一変させた。
- イラン・ナショナリズムの確立:1935年に国号を「イラン」に改称し、古代からの「アーリヤ人の誇り」を国民に自覚させた。
理解度確認テスト
Q1. 1921年、軍人時代のレザー=ハーン(のちのレザー=シャー)が首都テヘランに進軍し、実権を握るきっかけとなった出来事を何といいますか?
A. イラン・クーデター
Q2. 1925年、レザー=シャーがカージャール朝を倒して新しく成立させた王朝の名前は何ですか?
A. パフレヴィー朝
Q3. 1935年、民族の誇りを取り戻すためにレザー=シャーが変更した、それまでの「ペルシア」に代わる新しい正式な国名は何ですか?
A. イラン
強引な力でイランを近代化の波に乗せたレザー=シャー。 彼が去ったあとのイランは、息子のモハンマド=レザー=パフレヴィーに引き継がれますが、その行き過ぎた近代化は、やがて1979年の「イラン革命」という巨大な反動を招くことになります。
この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。 以上、【パフレヴィー朝時代・レザー=シャー】「い(イ)ら(ラ)ん(ン)」ことすんな!近代化に燃えたイランの鬼軍曹でした。
用語対応表
- パフレヴィー朝 → レザー=シャーが新しく作った近代的な王朝
- カージャール朝 → 列強の言いなりだったダメな前の王朝
- シャー → イランのすごい皇帝様
- アーリヤ人 → 「高貴な人」という意味の、イランの人々の誇り高い先祖