歴史・社会の疑問 読了 6分

【平安時代・後白河天皇】ごしらかわ(後白河)がしら(知ら)ぬ間に!? 敵と味方を入れ替える「日本一の大天狗」

後白河天皇が、平氏と源氏という二大勢力を天秤にかけながら、飄々と策略を巡らせる「日本一の大天狗」として描かれる場面。

後白河天皇(ごしらかわてんのう)が政治をしていた時期のイベントについて説明します。状況に合わせてコロコロと味方を変え、武士たちの時代を巧みに生き抜いた「究極の世渡り上手」の驚きのテクニックについてお話しします。

★ この記事でわかること

  • 父・鳥羽上皇の後押しで即位し、兄・崇徳上皇との保元の乱を勝ち抜いた経緯
  • 信西と平清盛への丸投げ体制から、平治の乱、平氏との対立へと至る顛末
  • 平氏と源氏を競わせて生き残った「日本一の大天狗」の政治術と、その代償
  • 後白河天皇はどんな人?

    今からおよそ850年前、平安時代の終わりに日本のリーダーをしていた人物です。天皇だった期間は短いですが、社長を辞めた後の「会長(上皇)」として、なんと約34年もの間、日本のトップとして裏から糸を引き続けました。

    武士たちが殺し合いをする乱世の中で、ある時は平氏、ある時は源氏と手を組み、最後まで生き残った「日本一の大天狗(策士)」と呼ばれる人物です。

    登場する地方や国について

    平安京、六波羅、鎌倉、厳島
    平安京、六波羅、鎌倉、厳島

    どのくらいの時代?


    goshirakawa-tennoの時代的位置を示す縦型年表

    後白河天皇の時期に起きたこと

    1. 父さんの「推し」で決まったラッキー就任

    後白河天皇は、リーダーに就任する際、こう考えていたかもしれません。

    後白河天皇

    親父(鳥羽上皇)が、兄貴の崇徳(すとく)より俺のほうが可愛いって言うから、いきなり社長(天皇)になっちゃったぜ。兄貴はめちゃくちゃ怒ってるみたいだけど、そんなの知らねえよ! 文句があるならかかってこいよ!

    彼は、父である鳥羽上皇の個人的な好みを背景に、有力な候補だった兄を差し置いて即位しました。これが原因で、皇室を二分する大喧嘩が始まります。

    これは例えば、「実力のある長男を差し置いて、会長のお気に入りだった次男がいきなり社長に抜擢され、激怒した長男が外部の警備会社(武士団)を味方につけて会社を乗っ取ろうとしている」ような、ドロドロの跡継ぎ問題です。

    崇徳上皇

    ふざけんなよ! なんであんな弟が社長なんだよ! 俺が本当のリーダーだ!
    後白河天皇

    へへーん、俺には平清盛や源義朝っていう最強の用心棒(武士)がついてるんだぜ!
    崇徳上皇陣営と後白河天皇陣営が武装して対峙する保元の乱の合戦場面
    崇徳上皇陣営と後白河天皇陣営が武装して対峙する保元の乱の合戦場面

    2. 用心棒たちの「パワー」に頼り切った防衛策

    兄との喧嘩(保元の乱)に勝った後白河天皇は、さらにこう考えました。

    後白河天皇

    喧嘩には勝ったけど、結局、武士のパワーがないと何もできないんだよな。特に俺の右腕の信西(しんぜい)と平清盛のコンビは最強だぜ。しばらくはコイツらに会社の切り盛り(政治)を任せて、俺は趣味の歌遊び(今様)に没頭させてもらうわ!

    彼は、信頼するアドバイザーの信西に実務を丸投げし、武力を持つ平氏を優遇することで自分の地位を守ろうとしました。

    これは、「経営のことはキレ者のコンサル(信西)と、業界最大手の警備会社(清盛)に全部任せて、自分は会長室でカラオケ(今様)を楽しんでいる」というような、極端な分業体制です。

    後白河天皇:信西・平清盛・源義朝との複雑な関係の相関図
    後白河天皇を中心に信西・平清盛・源義朝が複雑に絡み合う対立関係を示す相関図
    源義朝

    おいおい、俺も一緒に戦ったのに、なんで平氏ばっかりボーナス(恩賞)が多いんだよ! 面白くないぜ、今度は俺がクーデターを起こしてやる!
    後白河天皇

    うわっ、また社内で殴り合い(平治の乱)が始まったよ……。清盛、なんとかして!
    用語平治の乱へいじのらん

    1159年、後白河天皇の側近だった信西と平清盛が重用される一方で、恩賞の少なさに不満を募らせた源義朝が起こした政変。義朝は一時的に京都を制圧したが、平清盛が反撃して鎮圧し、信西は自害、源義朝も敗死した。この乱の結果、平氏の権力が飛躍的に拡大し、平清盛が政界の頂点へと駆け上がる契機となった。

    3. 最強の用心棒が「モンスター上司」へ変貌

    平清盛がライバルを全員倒すと、後白河天皇はピンチに陥ります。

    後白河天皇

    清盛のやつ、恩を売ったつもりでいたけど、最近は俺の言うことを全然聞かなくなっちゃったな。自分の娘を天皇に嫁がせて、会社(国)を私物化しようとしてるじゃないか。ちょっとお仕置き(平氏打倒計画)してやるか!

    彼は、力が強くなりすぎた平氏を邪魔に思い、裏でこっそり反対派を支援して平氏を追い出そうと企てました。

    これは例えば、「ずっと守ってもらっていた警備会社の社長(清盛)が、いつの間にか筆頭株主になって経営を支配し始めたので、会長(後白河)が裏でこっそり競合他社を呼んで嫌がらせを仕掛けている」ような、骨肉の争いです。

    平清盛が後白河法皇を鳥羽殿に幽閉し、有無を言わせず見張っている場面
    平清盛が後白河法皇を鳥羽殿に幽閉し、有無を言わせず見張っている場面
    平清盛

    会長、裏で何やってるかバレてますよ。しばらくの間、自宅謹慎(幽閉)しててくださいね(ニヤリ)。
    後白河天皇

    げげっ、見つかっちゃった……。俺を閉じ込めるなんて、なんて無礼な奴なんだ!

    4. 新進気鋭の「東のリーダー」を煽る高等テクニック

    平氏が世の中から嫌われ始めると、後白河天皇は最後の勝負に出ます。

    後白河天皇

    平氏の時代ももう終わりだな。よーし、東の方でくすぶっている源頼朝に、「平氏を倒したらお前を正式なリーダー(将軍)として認めてやるぞ」ってメッセージ(令旨)を送って、あいつらをボコボコにさせようぜ!

    彼は、平氏を倒すために源氏を煽り、さらに源氏の中でも兄弟(頼朝と義経)を仲違いさせるような絶妙な指示を出し続けました。

    これは、「今の支配者が気に入らないから、地方のベンチャー企業の社長(頼朝)に『今の社長をクビにしたら、君を副社長にしてあげるよ』と持ちかけ、さらにその弟にも別件で声をかけて、彼らが同士討ちするように仕向けている」という、究極の二枚舌外交です。

    源頼朝

    あの会長(後白河)、本当に油断も隙もないな。味方のふりをして、こっちの力を削ごうとしてやがる……。まさに「日本一の大天狗」だぜ。
    後白河天皇

    おほほ、誰が勝っても、最後は俺(皇室)が生き残ればいいのよ!

    総括

    結果:後白河天皇は、武士たちが激しく争う平安末期の混乱を、その巧妙な立ち回りと「院政(いんせい)」というシステムを使って生き抜きました。彼は、平氏と源氏という二つの巨大な武力勢力を競わせることで、皇室というブランドが完全に消滅するのを防ぎ、長期間にわたって権力を維持することに成功しました。

    一方:彼が武士のパワーを便利に使いすぎたことで、皮肉にも「もはや言葉(儀式)ではなく、武力がすべてを決める」というルールが世の中に定着してしまいました。その結果、彼の死後は源頼朝によって鎌倉幕府という「武士の会社」が本格的に立ち上がり、天皇の力は徐々に弱まっていくことになったのです。

    まとめ:後白河天皇の意義

    まとめ

  • 院政の長期維持:約34年にわたって裏から政治を操り、激動の時代を皇室のトップとして駆け抜けた
  • 武士の台頭の加速:平氏や源氏を政治の道具として使いこなした結果、彼らの政治的地位を劇的に高めてしまった
  • 二大乱の当事者:保元の乱、平治の乱という、貴族社会を終わらせた二つの大事件の中心にいた
  • 最後に、この「大天狗」が亡くなった後、彼に振り回され続けた源頼朝が、ついには朝廷を監視する役所(六波羅探題)まで作り、武士の世を完成させていくことになりますが、それはまた別のお話。

    理解度確認テスト

    Q1. 後白河天皇が即位するきっかけとなり、兄の崇徳上皇と武力で争った1156年の事件は何?


    A. 保元の乱

    Q2. 後白河天皇の参謀として活躍したものの、1159年の政変で自害に追い込まれた人物は誰?


    A. 信西(藤原通憲)

    Q3. 後白河天皇を屋敷に閉じ込め、娘を天皇の妻にするなどの婚姻政策で権力を握った、平氏のリーダーは誰?


    A. 平清盛

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