後白河天皇(ごしらかわてんのう)が政治をしていた時期のイベントについて説明します。状況に合わせてコロコロと味方を変え、武士たちの時代を巧みに生き抜いた「究極の世渡り上手」の驚きのテクニックについてお話しします。
後白河天皇はどんな人?
今からおよそ850年前、平安時代の終わりに日本のリーダーをしていた人物です。天皇だった期間は短いですが、社長を辞めた後の「会長(上皇)」として、なんと約34年もの間、日本のトップとして裏から糸を引き続けました。
武士たちが殺し合いをする乱世の中で、ある時は平氏、ある時は源氏と手を組み、最後まで生き残った「日本一の大天狗(策士)」と呼ばれる人物です。
登場する地方や国について

どのくらいの時代?
後白河天皇の時期に起きたこと
1. 父さんの「推し」で決まったラッキー就任
後白河天皇は、リーダーに就任する際、こう考えていたかもしれません。
親父(鳥羽上皇)が、兄貴の崇徳(すとく)より俺のほうが可愛いって言うから、いきなり社長(天皇)になっちゃったぜ。兄貴はめちゃくちゃ怒ってるみたいだけど、そんなの知らねえよ! 文句があるならかかってこいよ!
彼は、父である鳥羽上皇の個人的な好みを背景に、有力な候補だった兄を差し置いて即位しました。これが原因で、皇室を二分する大喧嘩が始まります。
これは例えば、「実力のある長男を差し置いて、会長のお気に入りだった次男がいきなり社長に抜擢され、激怒した長男が外部の警備会社(武士団)を味方につけて会社を乗っ取ろうとしている」ような、ドロドロの跡継ぎ問題です。
ふざけんなよ! なんであんな弟が社長なんだよ! 俺が本当のリーダーだ!
へへーん、俺には平清盛や源義朝っていう最強の用心棒(武士)がついてるんだぜ!

2. 用心棒たちの「パワー」に頼り切った防衛策
兄との喧嘩(保元の乱)に勝った後白河天皇は、さらにこう考えました。
喧嘩には勝ったけど、結局、武士のパワーがないと何もできないんだよな。特に俺の右腕の信西(しんぜい)と平清盛のコンビは最強だぜ。しばらくはコイツらに会社の切り盛り(政治)を任せて、俺は趣味の歌遊び(今様)に没頭させてもらうわ!
彼は、信頼するアドバイザーの信西に実務を丸投げし、武力を持つ平氏を優遇することで自分の地位を守ろうとしました。
これは、「経営のことはキレ者のコンサル(信西)と、業界最大手の警備会社(清盛)に全部任せて、自分は会長室でカラオケ(今様)を楽しんでいる」というような、極端な分業体制です。
おいおい、俺も一緒に戦ったのに、なんで平氏ばっかりボーナス(恩賞)が多いんだよ! 面白くないぜ、今度は俺がクーデターを起こしてやる!
うわっ、また社内で殴り合い(平治の乱)が始まったよ……。清盛、なんとかして!
1159年、後白河天皇の側近だった信西と平清盛が重用される一方で、恩賞の少なさに不満を募らせた源義朝が起こした政変。義朝は一時的に京都を制圧したが、平清盛が反撃して鎮圧し、信西は自害、源義朝も敗死した。この乱の結果、平氏の権力が飛躍的に拡大し、平清盛が政界の頂点へと駆け上がる契機となった。
3. 最強の用心棒が「モンスター上司」へ変貌
平清盛がライバルを全員倒すと、後白河天皇はピンチに陥ります。
清盛のやつ、恩を売ったつもりでいたけど、最近は俺の言うことを全然聞かなくなっちゃったな。自分の娘を天皇に嫁がせて、会社(国)を私物化しようとしてるじゃないか。ちょっとお仕置き(平氏打倒計画)してやるか!
彼は、力が強くなりすぎた平氏を邪魔に思い、裏でこっそり反対派を支援して平氏を追い出そうと企てました。
これは例えば、「ずっと守ってもらっていた警備会社の社長(清盛)が、いつの間にか筆頭株主になって経営を支配し始めたので、会長(後白河)が裏でこっそり競合他社を呼んで嫌がらせを仕掛けている」ような、骨肉の争いです。

会長、裏で何やってるかバレてますよ。しばらくの間、自宅謹慎(幽閉)しててくださいね(ニヤリ)。
げげっ、見つかっちゃった……。俺を閉じ込めるなんて、なんて無礼な奴なんだ!
4. 新進気鋭の「東のリーダー」を煽る高等テクニック
平氏が世の中から嫌われ始めると、後白河天皇は最後の勝負に出ます。
平氏の時代ももう終わりだな。よーし、東の方でくすぶっている源頼朝に、「平氏を倒したらお前を正式なリーダー(将軍)として認めてやるぞ」ってメッセージ(令旨)を送って、あいつらをボコボコにさせようぜ!
彼は、平氏を倒すために源氏を煽り、さらに源氏の中でも兄弟(頼朝と義経)を仲違いさせるような絶妙な指示を出し続けました。
これは、「今の支配者が気に入らないから、地方のベンチャー企業の社長(頼朝)に『今の社長をクビにしたら、君を副社長にしてあげるよ』と持ちかけ、さらにその弟にも別件で声をかけて、彼らが同士討ちするように仕向けている」という、究極の二枚舌外交です。
あの会長(後白河)、本当に油断も隙もないな。味方のふりをして、こっちの力を削ごうとしてやがる……。まさに「日本一の大天狗」だぜ。
おほほ、誰が勝っても、最後は俺(皇室)が生き残ればいいのよ!
総括
結果:後白河天皇は、武士たちが激しく争う平安末期の混乱を、その巧妙な立ち回りと「院政(いんせい)」というシステムを使って生き抜きました。彼は、平氏と源氏という二つの巨大な武力勢力を競わせることで、皇室というブランドが完全に消滅するのを防ぎ、長期間にわたって権力を維持することに成功しました。
一方:彼が武士のパワーを便利に使いすぎたことで、皮肉にも「もはや言葉(儀式)ではなく、武力がすべてを決める」というルールが世の中に定着してしまいました。その結果、彼の死後は源頼朝によって鎌倉幕府という「武士の会社」が本格的に立ち上がり、天皇の力は徐々に弱まっていくことになったのです。
まとめ:後白河天皇の意義
最後に、この「大天狗」が亡くなった後、彼に振り回され続けた源頼朝が、ついには朝廷を監視する役所(六波羅探題)まで作り、武士の世を完成させていくことになりますが、それはまた別のお話。
理解度確認テスト
Q1. 後白河天皇が即位するきっかけとなり、兄の崇徳上皇と武力で争った1156年の事件は何?
A. 保元の乱
Q2. 後白河天皇の参謀として活躍したものの、1159年の政変で自害に追い込まれた人物は誰?
A. 信西(藤原通憲)
Q3. 後白河天皇を屋敷に閉じ込め、娘を天皇の妻にするなどの婚姻政策で権力を握った、平氏のリーダーは誰?
A. 平清盛
用語対応表
- 上皇(太上天皇):社長を辞めた後の最強の立場
- 院政:辞めた社長が裏で実権を握るシステム
- 院宣(または令旨):会長の個人的なメッセージ(最強の命令)
- 平清盛:会社を実質的に乗っ取った警備会社のリーダー
- 源頼朝:会長に「日本一の大天狗」と舌を巻いた東の武士
- 保元の乱・平治の乱:兄弟や家臣が敵味方に分かれて殴り合った事件
- 今様:流行歌を歌いまくる趣味