歴史・社会の疑問 読了 7分

【室町時代・足利義尚】よしひさ(義尚)に、よし(良し)! ひさ(久)しぶりの「社長(将軍)ガチ勢(ぜい)」の逆襲

16:9、640×360のブログ用サムネイル画像を作成してください。テーマは「足利義尚が応仁の乱後に父・義政に代わって幕府再建を目指し、近江へ出陣した」です。中央に、若く決意に満ちた室町将軍・足利義尚を描き、背後に燃えた京都の町と、再建を象徴する幕府の旗を置いてください。遠景には近江の山々と六角氏の城を置き、手前には母・日野富子と、趣味に逃げる父・義政を対照的に配置してください。若い将軍の熱意、戦国時代の荒波、家族の後継者争いが一枚で伝わる構図にしてください。画風は手描き風の日本歴史絵巻・和紙調イラストレーション、象牙色の紙背景、繊細な焦茶色の墨線、落ち着いた水彩、朱色・藍色・黄土色・青緑のアクセント。写真的・3D・現代の建物・ロゴ・透かしを避け、画像内に文字を入れないでください。後処理でタイトルを重ねるため、上部に余白を確保してください。参照画像なし

※「義尚(よしひさ)」と「良し、久しぶり」をかけ、応仁の乱のあとに久しぶりにやる気を出したリーダーが登場したことを表しています 。

この人物が政治をしていた時期のイベントについて説明します 。タイトルの約束どおり、「自分が生まれたせいで会社(国)が火の海になった」というハードモードすぎる人生をスタートさせた若きリーダーが、やる気のないお父さんに代わって会社を立て直そうとガチで挑んだ時のお話です 。

用語応仁の乱おうにんのらん

1467年から1477年まで続いた内乱です。足利義政の後継者問題に、細川氏と山名氏など守護大名の対立が重なって始まりました。義尚は、生まれた直後からこの争いの中心に置かれたことになります。

足利義尚はどんな人?

今からおよそ550年前、室町時代の日本でリーダーをしていた男性です 。

足利幕府の第9代将軍として、およそ11年も続いた日本最大級の喧嘩「応仁の乱」のあとのボロボロになった国を任されました 。

「戦国時代」という実力主義の波が押し寄せる中で、武士のトップとしての権威を必死に取り戻そうと戦った、幕府復活を夢見た若き社長です 。

登場する地方や国について

平安京、近江、播磨、伊勢
平安京、近江、播磨、伊勢

どのくらいの時代?

応仁の乱後の将軍就任、近江出陣、若くして亡くなるまでを示す足利義尚の時代位置
応仁の乱後の足利義尚の将軍就任、近江出陣、陣中での死去までを示す年表

その1:生まれた瞬間に「11年の大喧嘩」がスタート

足利義尚は、この世に誕生した際、とんでもない状況に置かれていました。

足利義尚(赤ちゃん)
「オギャー! やっと生まれたぜ! ……って、なんか俺が生まれたせいで、親父(義政)の跡継ぎ問題が爆発して、都が火の海(応仁の乱)になってるじゃねえか! 生まれた瞬間から会社が倒産危機とか、マジでハードモードすぎるだろ!」

彼は、父である義政が一度は叔父の義視を後継者に決めたあとに生まれたため、跡継ぎ争いの中心人物になってしまいました 。

これは例えば、「跡継ぎがいないから副社長(叔父)に『次は君だ』と約束した直後、社長に待望の息子(義尚)が誕生し、母親(富子)が『うちの子を社長にしろ!』とブチギレて、会社を真っ二つに割る大抗争に発展した」ような最悪のタイミングでの誕生です 。

日野富子
「当たり前でしょ! 義尚こそが正当な次期社長よ! 邪魔な副社長派(山名氏)は私が雇ったガードマン(細川氏)で蹴散らしてやるわ!」
足利義政
「うーん、どっちでもいいけど喧嘩は疲れるなあ……。俺は別荘で銀閣でも建ててくるわ」

なかなかカオスな始まりですが、義尚は成長してさらにこう考えました 。

足利義尚をめぐる後継者争いの関係図
足利義尚、日野富子、足利義政、細川勝元、山名持豊の後継者争い相関図

その2:やる気ゼロの「親父」に代わって社長就任

11年の喧嘩がようやく一段落した頃、義尚は若くしてトップの座に就きます。

足利義尚
「親父(義政)は相変わらず庭造りや趣味に夢中で、全然仕事(政治)をしないんだよな。このままじゃ会社(幕府)の看板が泣くぜ。よし、親父にはさっさと引退してもらって、俺が第9代の将軍として直接ガッツリ経営(親政)をやってやるぞ!」

彼は、応仁の乱のあとに完全にやる気を失った父・義政から実権を引き継ぎ、自ら政治を動かそうと立ち上がりました 。

これは、「社内抗争で本社ビルが焼けても趣味に没頭しているダメ会長(父)を見限って、若い二代目社長(義尚)が『これからは俺が現場を仕切る!』と宣言し、失われた会社の信頼を取り戻そうとしている」ような熱い世代交代です 。

周囲の武士
「義尚様、久しぶりにやる気のある将軍が現れたな! これで幕府も少しはマシになるかもしれんぜ」
足利義政
「ふう、ようやく引退できた。お茶でも点てようか……。あ、仕事は頑張れよ義尚」

なかなか爽やかな決意ですが、この理想を掲げた上で、義尚はさらにこう考えました 。

用語親政しんせい

将軍や君主が、家臣や補佐役に任せきりにせず、自分で政治を行うことです。足利義尚は、父・義政に代わって幕府の政治を直接動かそうとしました。

その3:調子に乗った「地方の支店長」にお仕置き

トップに就いた義尚の前に、さらに深刻なトラブルが舞い込みます。

足利義尚
「最近、地方の支店長(守護大名)たちが幕府をナメすぎなんだよな。特に近江(滋賀県)の六角くん、勝手に他人の土地(寺社の領地)を奪ってポッケに入れてるじゃねえか。これを放置したら幕府のルールは崩壊だ。よし、俺が直接軍を率いて、力ずくでわからせてやるぜ!」

彼は、将軍の命令を聞かずに横暴を働く守護大名を討伐するため、自ら戦場へと向かいました 。

これは、「地方の支店長(守護)が勝手に売上を着服して威張り散らしているので、激怒した本社の若き社長が、自分専用の突撃チームを引き連れて現地へ乗り込み、『不正は許さない!』とガチの監査(攻撃)を仕掛けている」ような状況です 。

六角高頼
「へへん、今の幕府に俺を倒せる力なんてないだろ? ゲリラ戦で翻弄してやるぜ!」 (当時の情勢を言い換え)
足利義尚
「甘いな! 武士の意地を見せてやるぞ!」

相当な強気な姿勢ですが、しかし義尚は最後にとんでもない結末を迎えます 。

用語六角高頼ろっかくたかより

近江を支配した守護大名です。寺社や公家の領地を押領したため、足利義尚の討伐を受けました。近江の地形を利用して抵抗し、義尚の幕府再建を難しくしました。

その4:幕府復活の夢を飲み込んだ「下剋上」の嵐

必死に戦い続けた義尚ですが、時代の流れには逆らえませんでした。

足利義尚
「(戦場近くの陣中で)くそ、なかなか決着がつかないな……。おまけに最近は、部下が上司を倒す『下剋上』が全国で流行り始めてるじゃないか。俺がここで倒れたら、幕府の権威は本当にゼロになっちまうんだよな……(そのまま25歳で病死)」

彼は近江での戦いの最中に若くして亡くなってしまい、彼が目指した将軍権威の復活は未完のまま終わってしまいました 。

これは例えば、「会社を立て直そうと24時間体制で働いていた情熱的な若手社長が、出張先(陣中)で過労により倒れてしまい、そのまま会社(幕府)の統制が完全に崩壊して、各地の支店が勝手に独立し始めた」というような、非常に切ない幕切れです 。

足利義尚が掲げた「幕府復活」という折れそうな旗が、押し寄せる「下剋上(戦国大名)」の荒波に飲み込まれていくイメージ図
足利義尚が掲げた「幕府復活」という折れそうな旗が、押し寄せる「下剋上(戦国大名)」の荒波に飲み込まれていくイメージ図
民衆
「せっかくやる気のある将軍だったのに、若くして亡くなるなんて。これで本当に幕府は終わりかもしれないな」
地方の武士たち
「よし、これからは将軍の顔色をうかがう必要はない。実力があるやつが勝つ時代だぜ!」

相当な悲劇ですが、こうして日本は本格的な戦国時代へと突入していきました 。

用語下剋上げこくじょう

実力のある下の者が、上の者を倒して地位や領地を奪うことです。義尚の死後、幕府の統制が弱まると、地方の武士が自分の力で支配を広げる動きが強まりました。

総括

結果:足利義尚は、父・義政が投げ出した政治の実権を握り、「親政」と「直接的な武力行使」によって幕府の権威を強引に引き上げようとしました 。近江の六角氏を討伐するために自ら出陣するほどの熱量を持っていましたが、その戦いの最中に25歳という若さで病死してしまい、幕府が再び日本をコントロールする夢は絶たれました 。

一方:彼が亡くなったことで、幕府を恐れる勢力はいなくなり、地方では守護代や国人が上の者を倒す「下剋上(げこくじょう)」の風潮がいっそう強まりました 。彼の死は、室町幕府が形だけの組織となり、戦国大名たちが日本中で覇権を争う「戦国時代」が本格化する決定的な節目となったのです 。

まとめ:足利義尚の時代の意義

最後に、この「ガチ勢社長」が亡くなったあと、幕府はさらにボロボロになり、ついには家臣たちに将軍をすげ替えられるという「トリプル下剋上」の時代へと突き進むことになりますが、それはまた別のお話 。

この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。

以上、よしひさ(義尚)に、よし(良し)! ひさ(久)しぶりの「社長(将軍)ガチ勢(ぜい)」の逆襲でした。

用語親征しんせい

将軍や君主が自ら軍を率いて戦場へ向かうことです。足利義尚は1487年、近江の六角高頼を討つために出陣し、将軍の威信を軍事力で示そうとしました。

理解度確認テスト

Q1. 足利義尚が生まれたことも背景となり、父・義政の跡継ぎをめぐって11年続いた大乱の名前は何ですか?


A. 応仁の乱

Q2. 義尚が将軍の権威を取り戻すため、自ら軍を率いて攻撃した近江の守護大名の名字は何ですか?


A. 六角

Q3. 義尚の時代にいっそう強まった、実力のある下の者が上の者を倒して実権を奪う風潮を何と呼びますか?


A. 下剋上

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