行政・法律の疑問 読了 5分

「法律を知らなかった」は言い訳にならない!? 100年前の「デマ禁止令」と責任のルール【大正12年勅令第405号違反事件】

★ 判例データ

事件名:大正12年勅令第405号違反被告事件
裁判所:最高裁判所
判決日:大正13年8月5日

関係法令:
・刑法
・違法
・自治体法

論点:
・責任主義
・責任阻却事由

結論:
・記事本文参照

「法律を知らなかった」は言い訳にならない!? 100年前の「デマ禁止令」と責任のルール【大正12年勅令第405号違反事件】

読者のみなさん、こんにちは! 今日は、1924年(大正13年)8月5日に当時の最高裁判所(大審院)が出した、「そんな法律があるなんて知らなかった!」という言い分が通るのかをめぐる、刑法の歴史で避けては通れない超・重要判例を紹介するよ。

物語の舞台は、1923年(大正12年)の関東大震災。混乱の中で出された「ある命令」をめぐって、日本の刑法の「責任」のルールがどう決まったのか、見てみよう!

【ストーリー】「デマを流してはいけない!」 vs 「そんな法律、知りませんでした!」

被告人のAさん

「震災でみんながパニックになっている中、つい聞いた話を別の人に伝えてしまいました。でも、その後に『デマ(流言蜚語)を広めたら罰するぞ』という特別な命令(勅令第405号)が出ていたなんて、全く知らなかったんです。」
警察・検察(国側)

「言い訳はやめてください。あなたが広めた噂は社会を不安にさせました。勅令で禁止されている『流言蜚語(りゅうげんひご)』を広めた事実は間違いありません。法律を知っていようがいまいが、違反は違反です!」
被告人のAさん

「裁判官さん、聞いてください! 法律ができる前に話したのならともかく、法律ができた直後で、誰も内容を知らないような時に捕まるなんて不公平です! 『悪いことだ』という自覚(違法性の意識)がなかった人を、犯罪者として責める(責任を問う)ことはできないはずです!」

【解説】裁判所でのバトル:登場!「法律の不知(しらず)」と「責任のバリア」

今回のバトルのポイントは、犯罪が成立するために「これは悪いことだ(法律違反だ)」という自覚が必要なのか、ということなんだ。

1. 「故意(わざと)」の範囲: 刑法では、わざと悪いことをすることを「故意」と呼ぶけれど、この「故意」の中に、「これが法律違反であると知っていること」まで含まれるのかが問題になったんだ。
2. 大正時代の厳しい決断: 当時の裁判所はこう考えたよ。「自分のやっている行動の内容が分かっているなら、それが法律で禁止されていると知らなくても『わざと(故意)』は成立する。もし『法律を知らなかった』で許してしまったら、誰も法律を守らなくなってしまう」と考えたんだ。
3. 魔法の言葉「違法性の意識の可能性」: 現代では少し考え方が進んで、「全く知るチャンスがなかった人まで罰するのはひどいよね」と言われるようになった。今の考え方では、「悪いことだと気づけるチャンス(可能性)があったか」ということが、人を責める(責任を問う)際の大切な「物差し」になっているんだ。

【判決】法律を知らなくても、犯罪は成立する!

大審院(大正13年8月5日)は、次のような答えを出しました。

1. 「違法性の意識」は不要! 自分の行動が法律に違反しているという認識(違法性の意識)がなくても、行動そのものへの認識(故意)があれば、犯罪は成立します。
2. 法律を知らないことは、罰を免れる理由にならない! 法律の内容を知らなかったとしても、それによって「わざと(故意)」がなくなるわけではなく、処罰を免れることはできないと判断されました。

【判決の核心】

補足
「大判大13・8・5大刑集3巻611頁……違法性の意識は不要という形で示しています(参照:テキスト774頁 脚注25より)」

まとめ:判決の後、日本はどう変わったの?

この大正時代の決断は、今の日本の刑法理論の土台となり、私たちの社会の「自己責任」のあり方に大きな影響を与えたよ。

– 「法律を知る努力」が国民の義務になった この判決以来、日本では「法律の不知(しらず)は罰を免れず」というルールが確立したんだ。これにより、私たちは「知らなかった」では済まされない厳しいルールの中で、自分の行動に責任をもつようになったよ。
– 「お役所のアドバイス」への信頼が守られるようになった(現代) この100年前の厳しいルールがある一方で、最近では「お役所の担当者が『これは適法ですよ』と教えたので信じた」という場合に限っては、特別に責任を問わない(無罪にする)という柔軟な判断も下級審で出るようになっているんだ。
– 「本当にその人を責められるか?」という議論の出発点に 単に「ルールを破ったから罰する」のではなく、「その時の状況で、その人にルールを守ることを期待できたか?」という「期待可能性」などの深い議論がなされるきっかけになったんだね。

最後に

「法律は、そこに存在するだけで私たちを縛る力をもっている」。100年前の大震災の混乱の中で下されたこの決断は、今もなお、私たちが「法治国家」として生きていくための厳しくも重要な基礎となっているんだよ!

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