事件名:通貨及び証券模造取締法違反被告事件
裁判所:最高裁判所
判決日:昭和62年7月16日
関係法令:
・刑法
・違法
・自治体法
論点:
・責任阻却
・法律を知る責任
結論:
・記事本文参照
「お巡りさんが『いいよ』って言ったのにダメなの!? 法律を知る責任【最決昭62.7.16 通貨模造事件】」
読者のみなさん、こんにちは! 今日は1987年(昭和62年)7月16日に最高裁判所が出した、「お役所の人が『大丈夫だよ』と言ったことを信じてやったのに、後から『それは犯罪だ!』と言われたらどうなるの?」という、とても切実なルールについてのお話を紹介するよ。
以前、映画や石油の事件では「お役所の言うことを信じたから無罪!」となったケースを紹介したけれど、今回は「信じれば誰の言葉でもいいわけじゃないよ」という、ちょっと厳しい、でも大切な教訓なんだ。
【ストーリー】「警察の人に聞いたから大丈夫!」 vs 「いや、それはニセ札に見えるよ!」
「新しいキャンペーンのために、1万円札にそっくりな『サービス券』を作ろうと考えました。でも、ニセ札(模造)だと思われたら怖いので、作る前に警察署へ行って、保安係のベテラン係長さんに相談したんです。」
「うーん、これならおもちゃだとすぐわかるし、本物のお金と間違える人はいないでしょう。いいんじゃないですか?」
「よかった! お巡りさんのプロが『いい』と言ったんだから安心だ。よし、たくさん印刷して配るぞ!」
(――数日後、別の警察官がやってきました――)
「Aさん、このサービス券は本物のお金と紛らわしすぎます。『通貨及び証券模造取締法』という法律違反です。逮捕します!」
「ええっ!? そんな! 私はちゃんと警察署の係長さんに確認して『いい』と言われたんですよ! 悪いことだ(法律違反だ)なんて、これっぽっちも思いませんでした。裁判官さん、私を罰するのはおかしいです!」
【解説】裁判所でのバトル:登場!「魔法の言葉」と「プロの権限」
今回のバトルのポイントは、「誰が『いい』と言えば、信じても責任を免れる(無罪になる)のか」ということなんだ。
1. 「違法性の意識の可能性(いほうせいのいしきのかのうせい)」: これは、「これは法律違反だ」と気づくチャンスがあったか、という魔法の物差しだよ。
2. 誰を信じたかが運命の分かれ道: 以前紹介した「映画」や「石油」の事件では、「その法律について一番詳しい、決定権を持っているトップの機関(映倫や通産省)」が「いい」と言ったから無罪になったんだ。
3. 今回の「係長さん」はどうなの?: 裁判所はこう考えたよ。「警察署の保安係長さんは、確かにお巡りさんだけど、『このサービス券が法律違反かどうか』を最終的に判断する正式な権限をもっている人ではないよね。その人の個人的なアドバイスを信じただけで、『気づくチャンスがなかった』とは言えないんだ」と。
4. 結論:気づけたはずだから「有罪」!: 裁判所は、Aさんに「これは法律違反かもしれない」と気づくチャンスは十分にあったと判断して、責任がある(有罪)と決めたんだ。
【判決】権限のない人の意見を信じても、責任は免れない!
最高裁判所(昭和62年7月16日)は、次のような答えを出しました。
1. 「気づくチャンス(可能性)」があった! 警察署の保安係長の見解に従ったとしても、それが法令の解釈について正式な権限をもつ機関の公的な見解とはいえない以上、「悪いことだと気づけなかった」という言い訳は認められません。
2. 有罪(罰金刑など)! Aさんが作ったサービス券は、本物のお金に紛らわしい外観をもつものとして、法律違反が確定しました。
【判決の核心】
「違法性の意識の可能性がなくなる場合としては、法令の解釈・運用に権限をもつ機関の見解に従った場合が挙げられます。……(本件のように)サービス券が紙幣に紛らわしい外観を有するものにあたるかどうかについて、署保安係長警察官の見解に従った場合などは(違法性の意識の可能性が肯定され、責任は阻却されません)。(参照:最決昭62・7・16刑集41巻5号237頁。テキスト779, 782頁 脚注3より)」
まとめ:判決の後、日本はどう変わったの?
この1987年の決断は、今の日本のルールを守る姿勢をよりシャキッとさせたよ!
– 「あの人が言ったから」という言い逃れに基準ができた! 単に「誰かに聞いた」だけではなく、「本当にその法律を決める責任がある場所」に確認したかどうかが厳しく問われるようになったんだ。
– 「法律を知る努力」の大切さが広まった 「お巡りさんが言ったからいいや」と流されるのではなく、私たち一人ひとりが「本当のルールはどうなっているのかな?」と自分でもしっかり調べる責任があることが再確認されたんだね。
– お役所の窓口の対応も丁寧になった この判決があるおかげで、今の公務員の人たちも「自分のアドバイスが誰かの人生を左右するかもしれない」という責任感をもって、より正確な情報を伝えようと努力するようになったんだよ。
最後に
「正義の物差しは、人によって変わるものではない」。この昭和62年の厳しい決断は、私たちが社会で正しく生きていくために、何を信頼し、どう責任をもつべきかを教えてくれているんだね!