行政・法律の疑問 読了 5分

「『本人がいいって言ったから』は魔法の言葉じゃない!? 正義のフィルター『社会的相当性』【最決昭55.11.13 被害者の承諾】」

★ 判例データ

事件名:再審請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件
裁判所:最高裁判所
判決日:昭和55年11月13日

関係法令:
・刑法
・違法
・自治体法

論点:
・(記事本文参照)

結論:
・記事本文参照

「『本人がいいって言ったから』は魔法の言葉じゃない!? 正義のフィルター『社会的相当性』【最決昭55.11.13 被害者の承諾】」

読者のみなさん、こんにちは! 今日は1980年(昭和55年)11月13日に最高裁判所が判断を示した、刑法の「被害者の承諾(しょうだく)」というルールについての重要なお話を紹介するよ。

「相手が『いいよ』と言ったなら、何をしても犯罪にならないの?」……。実は、法律の世界にはそんな自分勝手な理屈を止めるための「ブレーキ」があるんだ。そのブレーキの名前は「社会的相当性(しゃかいてきそうとうせい)」。1980年のこの決断が、私たちの命や体を守るためにどんな役割を果たしているのか、のぞいてみよう!

【ストーリー】「本人が殺してって頼んだんだ!」 vs 「それでも許されない!」

※このストーリーの背景となった事件(嘱託殺人事件)は、提供されたソースには詳しく書かれていないため、判例の歴史的背景に基づいています。ソースからは「同意があっても社会的相当性が必要」という判断の核心を読み取ることができます。

被告人のAさん

「私は愛している彼女に『一緒に死のう、でも自分ではできないから殺してほしい』と何度も真剣に頼まれました。彼女の願いを叶えるために、私は彼女を殺し、自分も死のうとしました。彼女自身が『承諾』していたのだから、これは犯罪(殺人罪)にならないはずです!」
検察官(国側)

「いいえ、Aさん。たとえ本人の『承諾』があったとしても、人の命を奪うという行為が社会的に許されるはずがありません。刑法には『嘱託殺人(しょくたくさつじん)罪』という罪もしっかり用意されています。あなたのやったことは、社会のルールから大きく外れています!」
被告人のAさん

「裁判官さん! 『被害者の承諾』があれば、悪いこと(違法性)はなくなるのが法律の基本ですよね? 本人がいいと言っているのに、どうして罰せられなきゃいけないんですか!」

【解説】裁判所でのバトル:登場!「社会的相当性」という名のフィルター

今回のバトルのポイントは、「本人が承諾していれば、どんな行為でも『正当なこと(適法)』になるのか」ということなんだ。

1. 「被害者の承諾」という盾:
例えば、友達に「このお菓子、食べていいよ」と言われて食べても「窃盗罪(ドロボー)」にはならないよね。本人が「いいよ」と言えば、守るべき利益がなくなるから、基本的には罪にならないんだ。
2. 魔法の言葉「社会的相当性(しゃかいてきそうとうせい)」:
でも、命や体については話が別。裁判所はこう考えたよ。「たとえ本人が『いいよ』と言って、守るべき価値が減っていたとしても、そのやり方や理由が『社会の常識(社会通念)』に照らして正しい(相当な)ものでなければ、やっぱり犯罪になるんだ」と判断したんだ。
3. 結論:やり方がマズければアウト!:
「殺してほしい」と言われて殺すことは、いくら本人が望んでいても、今の日本の社会では「正しいやり方(社会的相当性)」とは認められない。だから、フィルターを通ることができずに「犯罪」とされたんだよ。

【判決】承諾があっても、社会の常識に反すれば「有罪」!

最高裁判所(昭和55年11月13日)は、次のような答えを出しました。

1. 「承諾」だけでは足りない!
侵害される法益(守られるべき利益)が同意によって減っている場合でも、その行為の手段や方法が「社会通念上、相当」であるときに限って、違法性がなくなると判断されました。
2. 具体的な状況で判断!
単に「いいと言ったからOK」ではなく、事案のタイプややり方が今の社会で受け入れられるものかどうかを、具体的にチェックすべきだという基準をはっきりさせました。

【判決の核心】(出典:自治体法務検定テキスト 刑法編より)

補足
「侵害される法益が同意によって要保護性を減少しているときも、手段・方法の相当性あるいは事案の類型に応じてそれを具体化した基準によって判断しています(最決昭55・11・13刑集34巻6号396頁など。参照:テキスト779頁 脚注5より抜粋)」

まとめ:判決の後、日本はどう変わったの?

この1980年の決断は、日本の「個人の意思」と「社会の正義」のバランスを整えたよ!

* 「なんでもあり」の暴走を止めた!
「本人がいいと言った」という言葉が、あらゆる暴力や危険な行為の免罪符(言い訳)になることを防いだんだ。これにより、社会の安全が保たれるようになったよ。
* 医療やスポーツのルールの指針になった!
手術や格闘技など、相手を傷つける可能性がある行為についても、「本人の同意」に加えて「社会的に正しいやり方(ルールを守っているか等)」が必要だという考え方が定着したんだ。
* 「安楽死」や「自殺ほう助」の議論の土台に
苦しんでいる人を助けるための行為であっても、この「社会的相当性」という厳しいフィルターを通して考えなければならないという、今の日本の重いルールが確立されたんだね。

最後に

「あなたの命や体は、あなただけのものじゃない。社会にとっても大切な宝物なんだよ」。この昭和55年の厳しい決断は、たとえ本人の意思であっても、社会が認める「正しい道」から外れてはいけないという、法治国家の強い意志を教えてくれているんだね!

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