行政・法律の疑問 読了 4分

「狙いが外れて別の人に当たっても、『わざと(故意)』になるよ!っていう判例【新宿駅西口拳銃強奪未遂事件】」

★ 判例データ

事件名:強盗殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被告事件(新宿駅西口拳銃強奪未遂事件)
裁判所:最高裁判所
判決日:昭和53年7月28日

関係法令:
・刑法
・方法
・自治体法

論点:
・(記事本文参照)

結論:
・記事本文参照

「狙いが外れて別の人に当たっても、『わざと(故意)』になるよ!っていう判例【新宿駅西口拳銃強奪未遂事件】」

読者のみなさん、こんにちは! 今日は1978年(昭和53年)7月28日に最高裁判所が出した、刑法の「わざと(故意)」の範囲を決めたとても有名な裁判を紹介するよ。

「Aさんを狙って撃ったのに、弾がそれてBさんに当たっちゃった。僕はBさんを殺すつもりはなかったんだから、うっかり(過失)だよね?」……。そんな言い訳が通用するのかどうか、日本の刑事裁判の歴史を決定づけた大事件を見てみよう!

【ストーリー】「狙いが外れたんだから、わざとじゃない!」 vs 「人を撃ったのは同じだろ!」

被告人のAさん

「新宿駅で警察官を襲って拳銃を奪おうとしました。警察官に向けて引き金を引きましたが、弾がそれて、そばにいた別の人(通行人)に当たって怪我をさせてしまいました。」
被告人のAさん

「裁判官さん、僕はその通行人を殺すつもりなんて全くありませんでした。狙ったのはあくまで警察官です。だから、通行人に対しては『殺そうとした(強盗殺人未遂)』という罪にはならないはずです。不注意で当たってしまった『うっかり(過失)』の罪にしてください!」
検察官(国側)

「何を言っているんですか! あなたは『人』を殺そうと思って、現実に『人』に向けて弾を撃ち、その弾が『人』に当たった。狙いがちょっとずれただけで、恐ろしい犯罪であることに変わりはありません!」
検察官

「通行人に対しても、立派な『殺人のわざと(故意)』があったと認めるべきです!」

【解説】裁判所でのバトル:登場!「方法の錯誤」と「法定的符合説の魔法」

今回のバトルのポイントは、「狙った人と違う人に当たった場合でも、犯人の心の中に『わざと(故意)』があったと言えるのか」ということなんだ。

1. 「方法の錯誤(ほうほうのさくご)」: 狙った相手とは別の人に結果が起きてしまうことを、法律の専門用語で「方法の錯誤」あるいは「打撃の錯誤」と呼ぶよ。
2. 魔法の物差し「法定的符合説(ほうていてきふごうせつ)」: 裁判所はこう考えたよ。「法律(刑法)は、特定の『誰々さん』を殺してはいけないと書いているのではなく、『人』を殺してはいけないと書いているんだ。だから、犯人が『人を殺そう』と思って、現実に『人』を撃って死なせ(ようとし)たのなら、それは法律の枠組みの中では完全に一致(符合)しているよね」。
3. 結論:名前が違っても罪は同じ!: この「法定的符合説」という考え方を使うと、狙いがそれて別の人に当たったとしても、犯人が「人を殺すつもり」でいた以上、当たった人に対しても「わざとやった(故意がある)」と認められることになるんだ。

【判決】狙いが外れても、当たった人に対して「殺人の故意」が認められる!

最高裁判所(昭和53年7月28日)は、次のような答えを出しました。

1. 「わざと(故意)」を認める! 犯人がAという人を殺そうとして発砲し、弾がそれてBという人に当たった場合でも、発生したBの傷や死について「故意」があったと認められます。
2. 法的な一致(符合)が大事! 「人」を殺してはならないという法律の規範に反する意思決定をして、現実に「人」を死傷させている以上、誰に当たったかは故意の成立に関係ありません。

【判決の核心】

補足
「認識した事実は構成要件に該当する事実だったが、発生した事実は同一の構成要件に該当する別の事実であったときも、判例では、発生した事実について故意が認められます。(参照:最判昭53・7・28刑集32巻5号1068頁 ※テキスト751頁、766頁 脚注26より)」

まとめ:判決の後、日本はどう変わったの?

この1978年の決断は、日本の刑事裁判の「鉄のルール」を確立させたよ!

– 「狙いが外れた」という言い逃れができなくなった! 「警察官を狙ったけれど通行人に当たった」という場合でも、重い強盗殺人未遂罪などの責任をしっかり取らせることができるようになり、裁判がとても公平になったんだ。
– 「法定的符合説」が裁判のスタンダードになった! この判決によって、日本のほとんどの裁判で「法律の決めた範囲内(例えば『人』というカテゴリー)で認識と結果が一致していれば、わざと(故意)とみなす」というルールが使われるようになったよ。
– 犯罪者への厳しい警告になった 「誰に当たるか分からないような危険な行為をすれば、たとえ狙いとは別の人を傷つけても、わざとやったのと同じ重い罰を受けることになるぞ」という強いプレッシャーを社会に与えることになったんだ。

最後に

「誰を狙ったかではなく、人を傷つける意思があったかどうか」。この昭和53年の厳しい決断のおかげで、今の日本の裁判は、被害者が誰であっても、犯人の身勝手な理由で罪が軽くなることを許さない、正しい「正義の物差し」を保ち続けているんだね!

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