行政・法律の疑問 読了 5分

「『警察も税関もいいって言ったのに!』 専門家を信じた人の責任はどうなる?【最判平21.1.20 けん銃部品輸入事件】」

★ 判例データ

事件名:銃砲刀剣類所持等取締法違反、大麻取締法違反、覚醒剤取締法違反被告事件
裁判所:年)1月20日に大阪高等裁判所
判決日:平成21年1月20日

関係法令:
・刑法
・違法
・銃刀法
・自治体法

論点:
・責任阻却

結論:
・記事本文参照

「『警察も税関もいいって言ったのに!』 専門家を信じた人の責任はどうなる?【最判平21.1.20 けん銃部品輸入事件】」

読者のみなさん、こんにちは! 今日は2009年(平成21年)1月20日に大阪高等裁判所が出した、「法律の専門家であるお役所の人に『大丈夫』と言われてやったことが、実は犯罪だった場合、その人は罰せられるの?」という、正義と責任の境界線をめぐる大切なお話を紹介するよ。

以前、「お巡りさんに聞いてニセ札(サービス券)を作ったけれど、有罪になった事件(昭和62年)」を紹介したけれど、今回の事件はそれとは少し結論が違うんだ。なぜ、信じて良い場合とダメな場合があるのか? そのヒミツを探ってみよう!

【ストーリー】「銃の部品じゃないって確認したのに!」 vs 「やっぱりこれは銃の部品だ!」

被告人のAさん

「私は海外から、けん銃のような形をした加工品を輸入しようと考えました。でも、それが法律(銃刀法)で禁止されている『けん銃の部品』に当たると困るので、事前に警察の『銃器対策課』や『税関』の担当者に、現物や資料を見せて何度も相談したんです。」
警察・税関の担当者

「うーん、これは加工品であって、法律で禁止されている『部品』には当たらないようですね。輸入しても大丈夫ですよ。」
被告人のAさん

「よかった! 銃のプロである警察や、輸入のプロである税関が『いい』と言ったんだから、絶対に安心だ。よし、輸入しよう!」

(――しかし、輸入した後に、別の部署から待ったがかかりました!――)

検察官(国側)

「Aさん、あなたが輸入したこれは、法律で禁止されている立派な『けん銃の部品』です。銃刀法違反、さらに大麻や覚醒剤も持っていた罪で起訴します!」
被告人のAさん

「そんな! 私はちゃんと権限のある警察の専門部署や税関に確認して、お墨付きをもらったんです。悪いことだ(法律違反だ)なんて、これっぽっちも思いませんでした。プロの言葉を信じた私を罰するのは、あまりに理不尽です!」

【解説】裁判所でのバトル:登場!「違法性の意識の可能性」という名の免罪符

今回のバトルのポイントは、「法令の解釈に責任をもつ専門機関の見解を信じた場合、その人に『悪いことをしている』と気づくチャンスはあったのか」ということなんだ。

1. 「責任(せきにん)」のルール: 犯罪が成立するためには、「やったこと」が悪いだけでなく、「これは悪いこと(法律違反)だ」と気づくチャンス(違法性の意識の可能性)がその人にあったかどうかが重要なんだ。
2. 魔法の言葉「相当な理由」: もし、その法律について一番詳しいはずの役所の人が「いいですよ」と言ったのなら、それを信じて「これは正しいことなんだ」と思い込むのには「相当な理由」があるよね。その場合、「悪いことだと気づくチャンスがなかった」として、責任がなくなって(阻却されて)無罪になることがあるんだ。
3. 昭和62年の事件との違い: 以前の事件では「地元の警察署の係長」に聞いたけれど、今回は「銃器対策課」というその道のトップ専門部署や「税関」に確認していたんだ。裁判所は、「これだけ専門の場所に聞いてOKをもらったなら、Aさんが法律違反だと気づくのは無理だったよね」と判断したんだよ。

【判決】専門機関の判断を信じたことに「相当な理由」があるなら、無罪!

大阪高等裁判所(平成21年1月20日)は、次のような答えを出しました。

1. 「気づくチャンス(可能性)」がなかった! けん銃加工品が輸入禁止の部品に当たるかどうかについて、銃器対策課の警察官や税関職員という、その法令の解釈・運用に正式な権限をもつ機関の見解を信じたことには、相当な理由があります。
2. 責任は問えない(一部無罪)! この状況では、Aさんが「これが法律違反になる」という自覚(違法性の意識)をもつことは困難であったため、Aさんを銃刀法違反の罪で罰することはできない(責任が阻却される)と判断されました。

【判決の核心】(出典:自治体法務検定テキスト 刑法編より)

補足
「違法性の意識の可能性がなくなる場合としては、法令の解釈・運用に権限をもつ機関の見解に従った場合が挙げられます。適法と信じたことに相当の理由があるからです。……判例に現れた例では、……けん銃加工品が輸入の禁止された拳銃部品にあたるかどうかについて銃器対策課警察官・税関職員の見解に従った場合などがあります。(参照:大阪高判平21・1・20判タ1300号302頁。テキスト778, 783頁 脚注4より)」

まとめ:判決の後、日本はどう変わったの?

この2009年の決断は、日本の「責任」の考え方をより深く、人間に寄り添ったものにしたよ!

– 「信じるべきプロ」の基準がハッキリした! ただ「誰かに聞いた」だけではなく、「その法律を扱っているまさにその部署」に確認して得た答えなら、それは法的な「お守り」になりうることが示されたんだ。
– 「責任主義」の徹底が再確認された たとえ結果として法律を破ってしまっても、本人にどうしようもない事情(プロの誤った指導など)があったなら、むやみに罰するのではなく「それは仕方なかったね」と許す、日本の刑法の温かい、かつ理性的な一面が守られたんだ。
– お役所の説明責任がより重くなった 警察や税関などのアドバイスが、その人の人生(有罪か無罪か)を左右することが改めて示されたため、窓口での相談に対してより正確で責任ある回答が求められる社会になったんだよ。

最後に

「正しく手続きをして、正しく確認した人を、法律は見捨てない」。この平成21年の決断は、複雑なルールの中で迷う私たちにとって、何を信じて行動すべきかを示す、とても大切な道しるべになっているんだね!

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