缶コーヒーを買うとき、コインを投入口に入れると一瞬で「正規のコイン」と判断される。
異物や偽コインを入れても、すぐに返ってくる。
あの判定、いったい何が起きているのでしょう?
コインがスロットを通る0.1秒ほどの間に、自販機は驚くほど多くのことを調べています。
- 自販機がコインを識別するために使うセンサーの種類
- 渦電流が発生するしくみと、それが「材質の指紋」になる理由
- 表皮効果を使って、500円玉の多層構造まで見抜く方法
コインが通る「スロット」で何が起きているか
コインを入れると、傾いた通路を滑り落ちていきます。
その通路のどこかに、コインを調べる仕掛けが埋め込まれています。
まずチェックされるのは 「大きさ(直径・厚さ)」。
通路の幅や光センサーで、規格外のサイズはここで弾かれます。
次に重要なのが 「重さ」。コインの重さは法律で厳格に定められています。
1円玉は1.0g、10円玉は4.5g、100円玉は4.8g、500円玉は7.0g。
ばらつき0.1g以内で管理されているため、軽いプラスチックコインや重い鉛の偽コインはここで排除されます。
磁場の変化によって電流が生じる現象。コイル(渦巻き線)に磁石を近づけたり遠ざけたりすると電流が流れる、あの原理。自販機のコインセンサーはこれを応用している。
金属の「指紋」を読み取る
大きさと重さをパスしても、まだ関門があります。
電磁誘導センサー による「材質チェック」です。
これが、偽コイン対策の核心です。
通路の内側には電磁石(コイル)が埋め込まれていて、交流電流を流しています。
コインがこの磁場を通過すると、コインの金属内部に 渦電流(うずでんりゅう)が誘起されます。
渦電流って何ですか?
金属の中で、磁場に反応してぐるぐると円を描くように流れる電流のことです。
この渦電流が今度は逆に磁場を乱す──その乱れ方が金属の種類によってまったく違うんです。
渦電流はどうやって生まれるのか
ここでもう少し丁寧に、発生のしくみを追ってみましょう。
原理は3ステップです。
- コイルに交流電流を流すと、コイルの周りに 変化する磁場 が生まれる
- その変化する磁場がコインを貫くと、コインの金属内部に 電圧(誘導起電力) が生じる
- 金属は電気を通すので、その電圧によって輪っか状の電流──渦電流が流れる
「磁場が変化すると、その変化を打ち消す方向に電流が生まれる」という法則。
発電機やIH調理器、交通系ICカードの非接触通信も、すべてこの法則の応用。
ポイントは、生まれた渦電流が もとの磁場を弱める方向 に流れること(レンツの法則)。
コインという「異物」が磁場の中に入ってきたことで、磁場そのものが変化してしまう──
コイルはこの変化を「インピーダンス(電気的な抵抗のようなもの)のズレ」として感知します。

なぜ「複雑な渦電流」だと偽造が難しいのか
渦電流には、もうひとつ重要な性質があります。
交流の 周波数が高いほど、渦電流は金属の表面付近に集中する という性質です。
これを 表皮効果(ひょうひこうか)と呼びます。
高い周波数の交流ほど、電流が導体の表面近くだけを流れる現象。
コイン識別では、周波数を変えることで「表面の金属」と「内部・裏面の金属」を別々に調べることができる。
それが500円玉のクラッド構造と関係あるんですか?
まさにそこです。センサーは複数の周波数を切り替えて測定することで、
「表面はニッケル黄銅、内部は白銅」という層構造そのものを読み取っているんです。
単一の金属で見た目だけ似せても、この多層的な応答パターンは再現できません。
渦電流の大きさと位相は、金属の 電気伝導率 と 透磁率 によって決まります。
これは金属ごとに固有の値を持つ「材質の指紋」です。
たとえば──
- 銅(10円玉の主成分):電気を非常によく通す
- ニッケル(旧100円玉など):磁性を持ち、透磁率が高い
- 白銅・バイカラー(現行500円玉):複数の金属層で非常に複雑な応答
偽コインがたとえ「見た目が完璧」でも、別の金属や合金でできていれば渦電流のパターンが違う。センサーはこの差を検出して弾き出します。
500円玉が特別な理由
現行の500円玉(2021年改鋳)は、偽造対策が群を抜いています。
外側がニッケル黄銅、内側が白銅という バイカラー・クラッド構造 になっており、
さらに内側の中心に 斜めギザ と 潜像加工 が施されています。
電磁誘導センサーから見ると、層ごとに異なる金属が積み重なっているため、
渦電流のパターンが非常に複雑になります。
これを精密に再現するのは、偽造者にとって極めて困難です。
2000年代初頭、500円玉は大量の偽造被害を受けました。当時の500円玉は比較的単純な構造だったため。
現行品への改鋳はその反省を踏まえたもので、年間の偽造検出数はほぼゼロになったと言われています。
温度の変化にも対応している
冬の寒い日と夏の暑い日で、コインの状態が変わったりしませんか?
鋭いです。金属は温度によって電気伝導率が変わるので、センサーの検出値もわずかにずれます。
だから自販機は内部に温度センサーも持っていて、補正をかけているんです。
屋外の自販機が真夏でも真冬でも正確に動くのは、こうした温度補正のおかげです。
「ただの箱」に見えて、なかなか精密な制御が走っています。
まとめ:0.1秒で行われる多層チェック
- コインはサイズ→重さ→電磁誘導材質判定の順に多段チェックされる
- 電磁誘導センサーは金属固有の「渦電流パターン」を読み取り、材質を見抜く
- 現行500円玉はバイカラー・クラッド構造で、センサー応答を複雑にして偽造を阻んでいる
見た目が本物そっくりでも、金属の「電磁気的な個性」は偽れない。
コインを投入口に入れるたびに、目に見えない物理の攻防が繰り広げられている──
そう知ってからコーヒーを買うと、あのカチャッという音が少し違って聞こえるかもしれません。
タグ:#自動販売機 #コイン識別 #電磁誘導 #物理 #日常の科学