歴史・社会の疑問 読了 11分

【唐時代・玄宗】玄宗の時代は「幻想(げんそう)」だった!? 楊貴妃に夢中で「減速(げんそく)」しちゃう唐

「玄宗(げんそう)」「幻想(げんそう)」「減速(げんそく)」をかけ、前半の繁栄が夢のように消え、後半に政治が停滞してしまったことを表しています。

この人物が政治をしていた時期のイベントについて説明します。世界一オシャレで豊かな帝国をつくり上げたキレキレのリーダーが、ある女性に恋をしたことで、国をメチャクチャにしてしまう波乱万丈な物語をお話しします。

★ この記事でわかること

  • 唐の黄金時代「開元の治(かいげんのち)」を築いた、玄宗のすごすぎるプロデュース能力
  • 絶世の美女・「楊貴妃(ようきひ)」に夢中になりすぎて、仕事(政治)をサボり始めた理由
  • 755年の「安史の乱(あんしのらん)」で帝国がボロボロになり、繁栄が「幻想」に変わるまで

今からおよそ1300年前(8世紀)、中国の歴史上で最も華やかだった「唐(とう)」という巨大な帝国で活躍した第6代皇帝です。世界中から人とモノが集まる国際都市をつくり上げ、人口を「900万戸」以上にまで増やした、まさに唐の全盛期を象徴するカリスマリーダーです。

登場する地方や国について


唐の勢力図(750年頃)
750年頃の唐と周辺地域を示した中国勢力図

どのくらいの時代?

「唐の繁栄から衰退の時代(712年~756年)」

「武韋の禍(ぶいのい)」をお掃除!キレキレの若きリーダー爆誕

まずは、玄宗が皇帝になる前、女性たちが政治をかき乱してガタガタになっていた唐を、彼がどうやって立て直したのかを見ていきましょう。

玄宗
おばあちゃんの則天武后(そくてんぶこう)や、おばさんの韋后(いこう)が勝手なことばかりして、この国はもうメチャクチャなんだよな。このままじゃ唐が潰れちまう。だから、俺がクーデターを起こして、わがままな連中を全員「お掃除」してやるぞ!

今からおよそ1300年前、唐の第4代皇帝・中宗が奥さんの韋后に毒殺されるという大事件が起きました。当時、若きエリートだった玄宗(当時は李隆基)は、「このままでは国が乗っ取られる!」と判断し、圧倒的なスピードで軍を動かして韋后の一族を倒しました。こうして、則天武后から続いた約半世紀の政治トラブル、「武韋の禍(ぶいのい)」を終わらせ、自らが第6代皇帝として即位したのです。

これは例えば、「身内の権力争いで倒産寸前になった大企業」に、若くて優秀な「創業家出身のエリート」が乗り込んできて、悪徳経営陣を全員クビにし、一気に業績を「V字回復」させたようなものです。現代で言えば、まさに「最強の経営再生請負人による、起死回生のドラマ」といったところですね。

家臣
陛下、お見事です!韋后たちの横暴にみんな困り果てていました。陛下のようなキレキレのリーダーがいれば、唐の未来は明るいですよ!
玄宗
ふん、まだ始まったばかりだ。これからは、家柄じゃなくて「実力」で部下を選んで、世界で一番オシャレで強い国をつくってやるからな!

なかなか頼もしいスタートではありますが、こうして玄宗は、唐の歴史上、最も輝かしい時代の幕を開けました。

用語武韋の禍ぶいのい
則天武后(武氏)と韋后(韋氏)という2人の女性が実権を握り、唐の政治を大混乱させた約半世紀の期間のことです。

世界一のオシャレ帝国!「開元の治」で唐は絶好調

それを踏まえた上で、皇帝となった玄宗は、国のシステムを根本からリニューアルする大改革に乗り出しました。

玄宗
最近はコネで役人になるやつばかりで、仕事の質が落ちてるんだよな。だから、家柄に関係なく、マジで仕事ができる「キレ者」たちをスカウトするぞ。ムダなパーティーの予算も削って、国を安定させるための貯金に回すんだ!

玄宗は、家柄よりも実力を重視して優秀な大臣たちを採用し、ムダな出費を徹底的にカットする「節約政治」を行いました。その結果、政治はピシッと安定し、物価は下がり、人口は「900万戸」以上にまで爆増しました。都の長安には、西アジアや日本、インドから、商人もお坊さんも留学生も大集結。唐は、世界中から人が集まる「世界一のブランド国」へと成長したのです。この絶好調な時代の政治のことを、「開元の治(かいげんのち)」と呼びます。

これは例えば、古い考えの役員を一掃して、最新のITスキルを持つ若手をどんどん登用し、ムダな経費を削って「最高級のオシャレオフィス」を建てたところ、世界中から優秀な社員が殺到して「株価が爆上がり」したような状態です。現代で言えば、まさに「圧倒的なブランド力を誇るGAFA(グーグルなどの巨大IT企業)」のような存在ですね。

図解:絶頂期の唐
図解:絶頂期の唐
民衆
玄宗皇帝、最高すぎるよ! 毎日メシはうまいし、長安の町はキラキラしてて、どこを歩いても外国の珍しいお宝であふれてる。まさに「イケてる国」の住民になれて誇らしいぜ!
玄宗
ハハハ、これが唐の本当の実力だよ。俺が政治をしてる限り、この「夢のような繁栄」は永遠に続くってわけだ!

なかなか自信満々な発言ですが、このあまりにも順調な日々が、逆に玄宗の緊張感をゆるませていくことになります。

用語開元の治かいげんのち
玄宗の時代前半の、きわめて平和で豊かな政治のこと。中国史上、最も理想的な統治のひとつとされます。

仕事より「恋」!? 楊貴妃(ようきひ)との出会いで崩れるバランス

この理想を掲げた上で、唐を世界一の帝国に押し上げた玄宗に、運命を変える出会いが訪れます。

玄宗
うおぉ……なんだ、あの美人は! 自分の息子の嫁だけど、そんなの関係ねえ! 彼女こそが俺の探していた「真のヒロイン」だ。よし、今日から彼女を俺の妻(貴妃)にして、毎日パーティー三昧だ。政治? 面倒なことは全部部下に任せとけよ!

玄宗は、息子の嫁であった絶世の美女・「楊貴妃(ようきひ)」に一目惚れしてしまいました。あまりの美しさに、あれほど仕事熱心だった玄宗が、急に「政治なんてやってられるか!」とサボり始めたのです。彼は毎日楊貴妃と遊び歩き、彼女の親戚(楊国忠など)を無理やり高い役職につけるという、究極の「公私混同」を始めました。これにより、これまで実力で回っていた政府のチームワークは、ミシミシと音を立てて崩れ始めたのです。

これは例えば、やり手社長が突然「アイドルの推し活」にハマってしまい、仕事のメールを全部無視してライブに通いつめ、さらに自分の「推しメンの親戚」を会社の役員として大量採用してしまったようなものです。現代で言えば、まさに「信頼されていたトップの暴走による、組織崩壊のカウントダウン」といったところですね。

楊貴妃
陛下、そんなに私のことばかり見てて大丈夫なんですか? ほら、遠くのほうで「地方の親分(節度使)」たちが、陛下をバカにして怒ってるみたいですよ……?
玄宗
大丈夫だって! 俺の唐は無敵なんだから。今はただ、君の美しい顔を見ていたいんだ。ライチでも食べて、もっとパーティーを楽しもうぜ!

なかなかドン引きな発言ですが、この玄宗の「減速(げんそく)」が、唐という巨大な船を、大嵐の渦中へと突き動かしていくことになります。

用語楊貴妃ようきひ
玄宗の寵愛を受けた、世界三大美女の一人に数えられる女性。彼女の一族が権力を独占したことが安史の乱の原因となりました。

【必須:751年】「タラス河畔の戦い」!西に負けて紙の技術がバレちゃった

それを踏まえた上で、絶好調だったはずの玄宗時代の唐に、西の外側から不穏な影が忍び寄ります。

玄宗
中央アジアはシルクロードの貿易で儲かるお宝の山だよな。最近、あっちのほうで「アッバース朝」っていうイスラームの新興勢力がイキってるらしいじゃねえか。よし、高仙芝(こうせんし)よ、大軍を率いてガツンとわからせてこい!

今からおよそ1300年前の「751 / タラス河畔(かはん)の戦い」では、中央アジアの支配権をめぐって、東の超大国・唐と、西から勢力を伸ばしてきたイスラームのアッバース朝が激突しました。玄宗は唐の威厳を見せつけようとしましたが、結果はまさかの「大敗(たいはい)」。この敗北によって、唐の中央アジアへの影響力は一気に弱まってしまったのです。

これは例えば、世界シェア1位を誇る「スマホメーカー(唐)」が、新しく出てきた「ライバル企業(アッバース朝)」に新製品の特許争いで完敗し、ドル箱だった海外市場から追い出されてしまったようなものです。現代で言えば、まさに「グローバル戦略の大失敗」といったところですね。

図解:紙のバトンタッチ
図解:紙のバトンタッチ
アッバース朝の兵士
唐の連中、意外と弱かったな! お、捕虜の中に「紙をつくる職人」が混じってるぞ。おいお前、その便利な「紙のつくり方」、俺たちにも教えろよな!
玄宗
ううっ、負けたうえに国家機密の「製紙法(せいしほう)」まで奪われるとは……。まあいい、俺にはまだ楊貴妃がいるし、国内が平和なら問題ないだろ。

なかなかに痛い負け戦ですが、この事件によって中国の極秘技術だった紙のつくり方がイスラーム世界、そしてヨーロッパへと伝わり、世界の文化を大きく発展させることになります。しかし、玄宗が余裕をこいている間に、今度は「国内」から帝国を揺るがす大爆発が起きようとしていました。

用語タラス河畔の戦いたらすかはんのたたかい
751年、唐とアッバース朝が中央アジアで戦った事件。唐が敗北したことで、製紙法(紙の作り方)が西へ伝わるきっかけとなりました。

【必須:755年】「安史の乱」で大パニック! 輝きが消える瞬間

この理想を掲げた上で、ついに唐の平和がガラガラと音を立てて崩れ去る時がやってきます。

玄宗
安禄山(あんろくさん)は俺のお気に入りの「節度使(せつどし)」だし、楊貴妃も可愛がってるから裏切るはずがない。政治は楊貴妃の親戚に任せておけば安心だ。さあ、今日も朝までパーティーを続けるぞ!

755年、ついに宿命の爆発である「安史の乱(あんしのらん)」が勃発します。きっかけは、楊貴妃の一族が権力を独占したことに、地方の最強軍団を率いていた安禄山がブチギレたことでした。この反乱は8年も続き、都の長安は占領され、玄宗は逃亡を余儀なくされます。その途中で兵士たちに責められた玄宗は、泣く泣く最愛の楊貴妃に死を命じるという、あまりにも悲劇的な結末を迎えました。

これは例えば、「推し活に夢中で経営をサボっていた社長」に対し、現場を仕切っていた「最強の支店長(安禄山)」がクーデターを起こし、本社を乗っ取ってしまったような状態です。現代で言えば、まさに「ブラックな身内経営が招いた最愛の倒産劇」といったところですね。

相関図:崩壊するファミリー
相関図:崩壊するファミリー
安禄山
玄宗皇帝、あんたは楊貴妃に夢中で目を覚まさなかったな! 腐った一族を追い出して、俺が新しいリーダーになってやるぜ。もう誰にも、俺の軍隊を止めることはできないぞ!
家臣
陛下、もうおしまいです! 民衆も兵士もみんな逃げ出しました。あのキラキラしていた唐の輝きは、もうどこにもありません……。

なかなかショッキングな幕切れですが、この反乱によって唐のパワーバランスは崩壊し、地方の軍事リーダーたちが勝手に威張り散らす「群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)」の時代へと突入していくことになります。

用語安史の乱あんしのらん
755年に安禄山らが起こした大規模な反乱。唐の全盛期を終わらせ、衰退に向かわせる決定的な出来事となりました。
用語節度使せつどし
国境を守るために置かれた地方の軍司令官のこと。安史の乱の後は各地で自立し、唐のコントロールが効かなくなっていきました。

総括

結果:玄宗は、即位直後のキレキレな判断力で「武韋の禍」を終わらせ、唐に「開元の治」という空前の大繁栄をもたらしました。実力主義のスカウトによって有能なチームを作り、世界中から人が集まる「オシャレ帝国」を築き上げた功績は、間違いなく中国史上トップクラスです。当初の「強い唐を取り戻す」という目的は、前半戦では120%達成されたといえるでしょう。

一方:あまりにも成功しすぎて「慢心」が生じ、楊貴妃との恋に溺れて政治を丸投げしてしまったことが、すべてを台無しにしました。西ではタラス河畔の戦いで負けて国家機密を漏らし、国内では安史の乱を招いて愛する人を失い、都を追われるという悲惨な末路をたどりました。彼の人生は、前半の黄金時代がまるで「幻想(げんそう)」だったかのように、後半は一気に「減速(げんそく)」し、唐という巨大な王朝の寿命を縮めてしまう結果となったのです。

まとめ

  • 唐の絶頂期「開元の治」:実力主義の政治で、世界中からモノと人が集まる「世界一のブランド国」を完成させた。
  • 「紙」の技術が西へ:751年のタラス河畔の戦いで大敗したが、その結果として「製紙法」がイスラーム世界に伝わり、世界の歴史を変えた。
  • 繁栄の終わりの始まり:楊貴妃への溺愛が原因で「安史の乱」を招き、唐の黄金時代を自らの手で終わらせてしまった。

理解度確認テスト

Q1. 751年、中央アジアの支配権をめぐって唐とアッバース朝が衝突し、唐が敗北した戦いを何といいますか?


A. タラス河畔の戦い

Q2. 唐の玄宗が晩年に夢中になり、政治をサボる原因となった、中国史上最高の美女の一人とされる女性は誰ですか?


A. 楊貴妃

Q3. 755年、楊貴妃の一族の専横に怒った地方の軍事リーダーである安禄山らが起こした、唐を衰退させた大反乱は何ですか?


A. 安史の乱

用語対応表

玄宗が夢見た「幻想」のような繁栄が消え去ったあと、唐はボロボロになりながらも、なんとさらに150年近く生き延びます。しかし、かつてのような力はなく、時代は武力を持った地方の親分たちが勝手に暴れる「戦国時代」のような混乱へと向かっていくのです……それはまた別のお話で。

以上、【唐時代・玄宗】玄宗の時代は「幻想」だった!? 楊貴妃に夢中で「減速」しちゃう唐でした。

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