この人物が政治をしていた時期のイベントについて説明します。九州の少年(?)が日本の初代トップへと上り詰める、日本誕生の大冒険を見ていきましょう。
- 九州の少年(?)がどうやって「日本の初代トップ」になったのか
- 東へ向かう大冒険「神武東征」で起きた驚きの逆転劇
- なぜ2月11日が「建国記念の日」としてお祝いされているのか
今からおよそ「2600年以上前」、九州の日向(ひゅうが)で生まれたとされるのが神武天皇です。「126代」続く現在の皇室までつながる、世界最長の王朝のスタート地点をつくった「日本の初代トップ」です。九州から近畿の大和(やまと)を目指して遠征し、数々のピンチを乗り越えて、日本という国の基礎を築いた伝説の英雄です。
登場する地方や国について

九州から大和へ!「東征」のビッグプロジェクト開始
九州の日向も住み心地はいいけど、日本全体を平和にまとめるなら、もっと広くて「国の中心」にふさわしい場所が必要なんだよな。よし、東の方にある「大和(やまと)」を目指して、みんなで引っ越しするぞ!
神武天皇は、九州の日向(ひゅうが)という場所で暮らしていましたが、日本という国をしっかりと形づくるためには、もっと豊かで守りの堅い場所へ拠点を移すべきだと考えました。そこで、大軍勢と船団を率いて、はるか東の土地を目指して大冒険に出発したのです。まさに「じんむ(自分)」の手で理想の地を見つけようとしたこの一大遠征のことを「神武東征(じんむとうせい)」といいます。
神武天皇が九州の日向から瀬戸内海を経て、近畿の大和へと勢力を広げた物語のこと。日本建国の重要なエピソードとして伝えられています。
これは例えば、地方で大成功したベンチャー企業の社長が、「よし、日本一の会社にするために、東京の一等地に本社を移転させるぞ!」と、全社員を引き連れて大規模な引っ越しを決意するような感じです。
お、お頭! ここを離れるんですか? 東には怖いヤツらがいっぱいいるって聞きますけど、本当に大丈夫なんすか……?
心配すんな! 俺たちは神様の子孫なんだ。東へ行けば、必ずもっといい暮らしができる。俺についてこい!
なかなか大胆な「社運をかけた大プロジェクト」ではありますが、しかし神武天皇は迷わず船を進め、瀬戸内海を通って近畿地方へとたどり着きました。
生駒山での敗北と、太陽に向かうリベンジ作戦
それを踏まえた上で、いよいよ大和の入り口に差し掛かった神武天皇は、さらなる決断を迫られます。
生駒山で「ナガスネヒコ」にボコボコにされたけど、原因はわかったぞ。俺たちは太陽の神の子孫なのに、東にある太陽に向かって武器を振るったのがマズかったんだ。よし、紀伊半島をぐるっと回って、太陽を背にして戦うリベンジ作戦だ!
神武天皇の軍勢は、大和の入り口である生駒山で、その土地を支配していた強力なリーダー、ナガスネヒコの抵抗にあって大敗してしまいます。そこで神武天皇は、「自分たちは日の神(天照大神)の子孫なのに、日の出る方向(東)に向かって戦ったのが神様の心に背いていたんだ」と考え、作戦をガラリと変えました。大阪側から攻めるのをやめて、和歌山(熊野)の方へ大きく回り込み、太陽を背中に受けて戦うルートを選んだのです。
これは例えば、大事なスポーツの試合で、逆光がまぶしくて負けてしまった選手が、「次はコートチェンジをして、太陽を背にして戦えば100%勝てるはずだ!」と、自分に有利なコンディションを整えてから再戦に挑むような感じです。

ははは! あいつら、俺たちにビビって逃げていきやがった。もう二度と戻ってこないだろう。大和は俺たちの天下だぜ!
見てろよ、今度は太陽を味方につけて、最高のタイミングで攻め込んでやるからな……。
なかなかスピリチュアルな「敗因分析」ではありますが、しかし神武天皇はこの「太陽バック作戦」によって、絶体絶命のピンチから逆転のチャンスを狙っていました。
黄金のトビが飛来!最強の敵を「光」で圧倒
太陽を背にして戦うリベンジ作戦を決断した神武天皇は、いよいよ宿敵ナガスネヒコとの最終決戦に挑みます。
よし、紀伊半島を回って準備は万端だ! 太陽は俺たちの味方についてる。ナガスネヒコ、今日こそ決着をつけてやるぜ!
激しい戦いが続く中、空から一羽の「黄金のトビ」が飛んできて、神武天皇の弓の先に止まりました。すると、そのトビが稲妻のようなまぶしい光を放ち始めたのです。これには、それまで勢いがあった敵軍も「まぶしすぎて何も見えねえ!」とパニックに陥ってしまいました。この不思議な出来事は、のちに「記紀(きき)」と呼ばれる歴史書にドラマチックに記されることになります。
『古事記』と『日本書紀』の総称。神武天皇の物語はこの2つの歴史書に詳しく記されており、日本の成り立ちを伝える重要な資料です。
これは例えば、大事なプレゼンの最中に、突然「超有名なカリスマ経営者」が助っ人として登場し、圧倒的なオーラで相手を黙らせてしまったような感じです。
なんだあの光は!? 目が、目がぁぁ! あいつら、本当に神様に守られてるってのかよ……。もう戦うどころじゃねえ、退散だ!
お頭、すごすぎます! 黄金の鳥が味方するなんて、やっぱり俺たちのリーダーは「本物」だったんですね!
なかなか超常現象な「逆転劇」ではありますが、しかし神武天皇はこの「奇跡の光」を味方につけ、ついに大和の地を平定することに成功しました。
カシハラで即位!「日本」というブランドの誕生
黄金のトビの助けを得て勝利した神武天皇は、ついに自らの理想を「形」にする時を迎えます。
ついに大和を平定したぞ。ここ「橿原(かしはら)」を都にして、俺が初代の王として即位する。これからこの国を、平和で幸せな「日本」にしていくんだ!
神武天皇は大和の橿原宮(かしはらのみや)で、初代天皇として即位しました。これが、現在の皇室まで続く「世界最長の王朝」の輝かしいスタート地点です。この即位した日を今のカレンダーに直したのが「2月11日」で、現在も「建国記念の日」として大切にされています。
奈良県橿原市にある神社。神武天皇が即位したとされる橿原宮の跡地に建てられており、日本の建国の聖地とされています。
これは例えば、地方から出てきた若者が、数々の苦労の末に東京の一等地で自分の会社を設立し、ついに「日本を代表する新ブランド」を立ち上げたような感じです。
神武天皇、おめでとうございます! これでようやく、安心して暮らせる国ができましたね。俺たちも全力で支えますよ!
歴史的な「建国イベント」ではありますが、じつはこの物語が詳しくまとめられたのは、神武天皇の時代からさらに1000年以上あとの、「天武天皇」や「持統天皇」の時代のことです。彼らは自分たちの支配の正統性を示すために、この偉大なご先祖様の物語を「記紀」という形できっちりと整え、国のブランド力を高めようとしたのです。
総括:神武天皇
結果:「九州から国の中心をつくる」という神武天皇のビッグプロジェクトは見事に成功しました。彼は一度の敗北にもめげず、作戦を切り替える柔軟さと、神の助けを信じる強い心で大和を平定しました。その結果、橿原で初代天皇として即位し、現代まで続く「日本」という国家の強固な基礎を築き上げることに成功したのです。「じんむ(自分)」の意志を貫いた冒険は、世界最長の王朝の誕生という最高のエンディングを迎えました。
一方:神武天皇の物語は、あまりに奇跡的でドラマチックすぎるため、すべてが歴史的な事実であるかどうかについては、現代でも多くの議論があります。しかし、のちの天武天皇たちがこの物語を大切にまとめた背景には、バラバラになりがちな国を「建国の理想」というひとつのストーリーでまとめ、国民の誇りをつくりたいという強い政治的な狙いもあったのです。その狙い通り、この物語は数千年にわたって日本人の心に深く刻まれ続けています。
- 神武東征:九州から大和を目指した大遠征。これが日本建国の第一歩となった。
- 太陽バック作戦:生駒山での敗北を糧に、太陽を味方につけるルート変更でリベンジ。
- 日本ブランドの誕生:橿原宮での即位により、世界最長の王朝がスタートした。
理解度確認テスト
Q1. 神武天皇が苦戦していた際、弓の先に止まって稲妻のような光を放ち、敵をひるませたとされる黄金の鳥を何といいますか?
A. トビ(金鵄)
Q2. 神武天皇が初代天皇として即位した場所で、現在はその跡地に大きな神社が建てられている、奈良県の地名はどこですか?
A. 橿原(かしはら)
Q3. 神武天皇の物語が詳しく記されており、のちの天武天皇たちが国の正統性を示すためにまとめた『古事記』と『日本書紀』の総称を何といいますか?
A. 記紀(きき)
神武天皇から始まった日本の物語は、その後の長い年月をかけて多くの天皇や政治家たちによって受け継がれ、独特の文化や社会を形づくっていくことになります。
この出来事が今後どう評価されるかは、まだ分かりません。
以上、「神武天皇、じんむ(自分)の手で日本を建国」でした。
用語対応表
- 神武東征 → 神武天皇が九州から大和へ勢力を広げた遠征。
- 橿原神宮 → 神武天皇の即位の地に建てられた神社。
- 記紀 → 日本の神話や建国の歴史が書かれた『古事記』『日本書紀』の総称。
- 建国記念の日 → 神武天皇が即位したとされる日を新暦に直した2月11日の祝日。